これは、この前に「今の若者が『エル・トポ』や『イレイザーヘッド』、『ピンク・フラミンゴ』などを見たら、どう感じるでしょうか」という一連の質問の後で、その回答の中に「画質が悪いから」というものがありまして、それを聞いたものです。
Grok への質問:「画質が悪い」と受け入れられないという若者の感覚はどこに由来していますか。私は、時代にもよりますが、画質が悪いほうが「味があって(「味」という意味はあなたにはわかりにくいかもしれないですが)」好きなんですが、旧作が、リマスターされて、綺麗な画面になるたびにがっかりすることがよくあります。
Grok の回答:
非常に興味深い視点ですね!現代の若者が「画質が悪い」ことを理由に旧作の映画(例:『エル・トポ』や『イレイザーヘッド』)を受け入れにくい感覚の由来と、あなたが感じる「画質が悪いほうが味がある」という好みについて、文化的・技術的・心理的な観点から簡潔に考察します。また、リマスターによる「綺麗な画面」への失望感についても触れます。
1. 若者が「画質が悪い」を受け入れにくい理由
現代の十代を中心とする若者が、旧作の低画質(例:VHSや480pの映像)に抵抗感を持つ背景には、以下の要因が考えられます。
・高画質コンテンツへの慣れ
現代の若者は、4KやHD(1080p)の高画質コンテンツに囲まれて育っています。Netflix、YouTube、TikTokなどのプラットフォームは、高解像度で鮮明な映像を標準とし、スマートフォンや大型ディスプレイでもその品質が強調されます。
たとえば、Netflixの映画やアニメは高ビットレートで配信され、視覚的な「クリアさ」が価値と結びついています。
このため、1970年代のカルト映画のような低解像度やノイズの多い映像(例:『イレイザーヘッド』のモノクロの粗さ)は、「時代遅れ」や「見づらい」と感じられやすいです。脳科学的にも、鮮明な映像は視覚野に強い刺激を与え、即時的な満足感を提供するため、若者は無意識に高画質を「良質」と結びつける傾向があります。
・アルゴリズムと視覚的快適さの優先
SNSやストリーミングサービスのアルゴリズムは、視覚的に「映える」コンテンツを優先します。TikTokやInstagramでは、明るく鮮やかな映像が「いいね」を集めやすく、アルゴリズムもそれを推奨します。
この結果、若者は無意識に「視覚的に快適」なコンテンツを基準とし、低画質の旧作を「チープ」や「プロフェッショナルでない」と評価する可能性があります。
『ピンク・フラミンゴ』の低予算な映像は、現代のポリッシュされたビジュアルに慣れた目には「雑」に映るかもしれません。
・文化的コンテキストの欠如
1970年代のカルト映画は、当時の技術的制約やアンダーグラウンド文化の中で生まれ、粗い画質やノイズが意図的な「美学」として機能していました(例:ホドロフスキーのシュールな映像やリンチの悪夢的テクスチャー)。しかし、現代の若者にはその文化的背景が伝わりにくく、画質の粗さが単なる「古さ」や「欠陥」と見なされがちです。
たとえば、『エル・トポ』のざらついた映像は、当時の観客には神秘的で実験的な魅力でしたが、現代の若者には「見づらいだけ」と感じられる可能性が高い。
・注意力の経済と即時性
若者の注意力は、短尺で即時的なコンテンツに最適化されています。低画質の映像は、視覚的な情報が不明瞭なため、理解や感情移入に余計な認知負荷をかけます。現代の若者は、情報過多の環境で「効率的な体験」を求めるため、画質が悪いと「ストレス」や「時間の無駄」と感じ、すぐに視聴をやめる傾向があります。
2. 「画質が悪いほうが味がある」感覚の背景
あなたが「画質が悪いほうが味がある」と感じる感覚は、サブカルチャーやアートへの深い理解と、特定の美学への共感に根ざしていると考えられます。この感覚の由来を以下に整理します。
・ノスタルジーとテクスチャーの魅力
低画質の映像(VHSのノイズ、フィルムのグレイン、16mmのざらつき)は、1970~80年代のサブカルチャーやインディーズ文化の「手作り感」や「反商業的な姿勢」を象徴します。
たとえば、『イレイザーヘッド』のモノクロの粗さは、機械的な冷たさや悪夢的な雰囲気を強化し、作品のテーマと密接に結びついています。あなたのような感覚を持つ人は、この「不完全さ」が作品の個性や時代性を表現していると感じ、ノスタルジーや独自のテクスチャーに魅力を感じるのでしょう。
VaporwaveやLo-Fi文化が、意図的にVHS風のノイズを取り入れるのも、この美学の現代的な継承と言えます。
・意図的な美学への共感
カルト映画の低画質は、単なる技術的制約ではなく、監督の意図的な選択である場合が多いです。ホドロフスキーは『エル・トポ』で、粗い映像を通じて神秘的で非現実的な世界を強調し、ウォーターズは『ピンク・フラミンゴ』でチープさをキャンプなユーモアに変えました。
あなたが「味」と呼ぶものは、このような美学的意図や、商業映画とは異なる「生々しさ」「反抗心」に由来している可能性があります。こうした感覚は、現代のポリッシュされた映像にはない「人間味」や「抵抗の精神」を感じるからこそ生まれるものです。
・個人の文化的背景
あなたがサブカルチャーやカルト映画に親しんでいる場合、Throbbing GristleやWhitehouseのような過激な表現に価値を見出すように、低画質の映像も「アンダーグラウンドの証」として受け入れる素地があると考えられます。これは、商業的な「完璧さ」よりも、表現の独自性や文脈を重視する姿勢の表れです。
3. リマスターによる「がっかり感」の理由
リマスター版の「綺麗な画面」にがっかりするあなたの感覚は、以下の理由で説明できます。
・オリジナル美学の喪失
リマスターは、ノイズやグレインを取り除き、映像を現代の4KやHD基準に「アップデート」しますが、これが作品のオリジナルのテクスチャーや雰囲気を損なう場合があります。
たとえば、『イレイザーヘッド』のざらついたモノクロ映像は、リンチの意図した不気味さや疎外感を強調していましたが、リマスターで鮮明になると、その「不完全さ」が持つ独特の魅力が薄れる可能性があります。あなたが感じる「味」は、こうしたオリジナルの技術的制約や意図的な粗さが作り出す空気感に根ざしているのでしょう。
・商業的・標準化の圧力
リマスターは、現代の視聴者の「高画質信仰」に迎合するために行われることが多く、商業的な再販やストリーミング配信を意識しています。
しかし、カルト映画のような作品は、そもそも主流の基準に反発する精神で作られており、クリアな映像は作品の反骨的な魂を「飼いならす」ように感じられる可能性があります。『ピンク・フラミンゴ』のチープな映像が、現代的な高画質に「矯正」されると、ウォーターズの悪趣味なユーモアが弱まるように感じるかもしれません。
・ノスタルジーと時代性の喪失
低画質の映像は、1970年代の文化的・技術的コンテキストを体現しています。リマスターによってその「時代性」が消えると、作品が当時のアンダーグラウンド文化や制約から切り離され、現代の均質なメディアの一部に還元されてしまう。あなたのがっかり感は、作品が持つ歴史的・感情的な結びつきが薄れることへの抵抗感かもしれません。
5. 結論
若者が「画質が悪い」ことを受け入れにくいのは、4KやHDの高画質コンテンツに慣れ、アルゴリズムが視覚的快適さを優先する現代のメディア環境に由来します。低画質は「時代遅れ」や「ストレス」と感じられ、カルト映画の文化的文脈を知らないため、単なる欠陥と見なされがちです。
一方、あなたが「画質が悪いほうが味がある」と感じるのは、低画質が持つノスタルジー、意図的な美学、反商業的な精神に共感し、作品の時代性や独自性を重視するからでしょう。
リマスターへのがっかり感は、オリジナルが持つテクスチャーや文化的魂が、現代の「高画質信仰」によって失われることへの抵抗感に根ざしています。このギャップを埋めるには、若者にカルト映画の文脈や美学を伝える導線(例:上映会、キュレーション、教育)が有効かもしれません。