(コメント)最近、昔の知り合いなどと会うと、「初めて会ってから40年 (@_@)」ということに気づくこともありまして、自分も長いことないなあ、とか思う部分もあり、寝る前に思い出投稿をしようと思います。
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Hanatarash – Cock E.S.P (1985)
東京・都立家政のライブハウスにて
音楽の話も、結局、このあたりに行き着いてしまうのですが…。
このハナタラシというのは、山塚アイさんという方による、基本的には一人ユニットで、まあ根本はノイズですね。
どんなものだったかというのは、Wikipedia の以下の説明で十分だと思います。
> ノイズを基調とし、破壊・暴力・暴言をさらけ出す音楽性であった。音楽そのものよりも、観客やスタッフを危険に晒すような犯罪と紙一重の暴力的なライヴパフォーマンスが業界関係者から悪評を買ったことにより演奏できる場所がなくなり、1988年頃活動停止。
その活動を紹介していた YouTube の動画などもあります。
しかしまあ、その過激(だとされていた)活動はともかくとして、私は、この人の音楽というより、生き方を知って「再生」したことがあり、そういう意味では恩人なんですね。
22歳の頃だったか、私はパニック障害が、だんだんひどくなっていてですね。
ベンゾジアゼピンを飲み始める前で、酒とか飲んで凌いでいたんですけれど、そこはかとなく「もうだめポ」感も漂っていた時期でした。
そういうある日、当時在籍していた学校の表現団体の部室に、なんかの音楽のミニコミが置いてあったんです。そこで、ハナタラシが特集されていたんですね。
そこにはまあ、Wikipedia にも書かれているような以下のようなこと(ネタもあったと思いますが)が書かれていてですね。
(ハナタラシ – Wikipedia より)
・ユンボでライヴハウスの壁を壊しながら登場する。
・大量の板ガラスを客席やフロアへ投げつける(動画)
・大量のドラム缶をステージの上で転がし、殴りつけ、ディスクグラインダーで火花を散らした挙句客席に投げ込む。
・鎖の付いた鉄球を振り回す。
・ガソリンを床にぶちまけ、火炎瓶を投げ込もうとする。
この人が、おおむね私と同じような年齢だと知り、「こんなに頑張っている人もいるんだなあ」と感じまして(感動の対象としては間違ってはいるのですが)、
「オレもパニック障害ごときでメソメソしている場合ではない」
と思った次第です。
その年、私は、ジローさんという人と出会い、翌年から表現活動を始めます。
もちろん、ハナタラシみたいな暴力的なことをしたいというわけではなく、「私が元気をもらったように、みんなにも元気を与えたい」(何かがズレてきてる…)という感じだったでしょうか。
そのミニコミを読んだ後に、レコードを探しに行って、東京のお茶の水で以下のアルバムを見つけたんです。
今回貼らせていただくのは、このアルバムのラストの曲で、ノイズばかりのこのアルバムの中で、唯一「曲っぽい」ものです。
ビデオそのものは、十数年前に私が作ったもので、暇な数日があったので、部屋に閉じこもって作ったものです。リスペクトの一環ですね。
でも、結構しゃれているというのか、コンセプチュアルというのか、たとえば、このアルバムの曲には「すべて Cock という単語が入っている」ということがあったりします。以下がこのアルバムのトラックリストです。
Ultra Cocker
Power Cock
Domination In Spunked Cock
Megaton Cock
Cock Combat
Cock Victory
Cock Rising And Hunging Cunt
Cock E.S.P
その後、私が 23歳くらいになっていましたか、英国のサイキックTV というバンドの前座で、「ハナタラシが出る」という話を聞きまして、やはりハナタラシが好きだった大学生の女の子と行ったのですが、会場で、突然以下の場内放送が入ったんです
「本日出演予定だったハナタラシは、会場にダイナマイトを持ち込んだことが判明し、出演停止とさせていただきます」
東京の中野公会堂という、わりと大きなホールでした。
ハナタラシを目当てに来ていた人たちも多かったらしく、あちこちで、「マジかよ!」という声が響きました。
Wikipedia にはその顛末が以下のように書かれています。
> サイキックTV来日の際のフロントアクトに選ばれるが、ライヴ当日会場にダイナマイトを持ち込み、ハナタラシの出演は中止となる。その時、それに激怒したサイキックTVのリーダー、ジェネシス・P・オリッジは山塚に「お前なんかに音楽をやる資格はない」、「いい加減にしろ」、「音楽をやめて真人間になれ」と説教した。
しかし、私は今も「本当かなあ」と思っています。
実際、私は、会場の外でダフ屋をやっていた山塚アイさんを見ていますし(苦笑)。
私 「あんた、何やってんですか」
彼 「いやまあ」
その時の公演のチラシをアップされている方がいました。
山塚アイさんは、現実とネタとの境目が曖昧な方のようにも思われますが、それでも私には救世主でした。
私自身は何も表現では残せなかったですけれど、ハナタラシは私という一人を救ってくれたという意味で今でも残る存在です。