吉田拓郎さんはよく知らないので、この話自体はどうでもいいんですけど、二十代の頃によく東京の下北沢という街で飲んでいまして、そこは演劇の人や音楽をやっている人たちのたまり場のような街だったんですけど、喧嘩をしかけてくるのは、とにかくフォークの人とかポップソングをやっている人たちで、(たまに演劇の人)、巻き込まれたなら仕方なくも応じていましたけれど、パンクの人と喧嘩になったことは一度もありませんでした。
いきなり殴りかかってくるのは、ラブソングとかやっている人が多くて。「こいつらなんでこんなに暴力的なん?」と、いつも思っていましたね。私は喧嘩なんかに興味はないのですが、この記事には「殴り合いのケンカ」とかありますが、いきなりビール瓶で殴りつけられたりするのですね。「いや、そこまでされると、こっちも応戦しないと」というような状況もありました。力の強い人に殴られて、耳たぶが半分ちぎれたこともありました。
「ラブ&ピースみたいな概念を歌っている連中は危険だなあ」と、当時思いました。本当に粗暴でした。もちろん、みんなではないでしょうけれど。暴力なんて、武勇伝になりませんよ。応じたこっちも、結局暴力なんですけれど。
吉田拓郎 「よく殴り合いのケンカ」過去の武勇伝語る “たきつけていた”のは大物ミュージシャン
スポニチ 2024/02/02
歌手の吉田拓郎(79)が、2日放送のニッポン放送「吉田拓郎のオールナイトニッポンPremium」に出演。過去の武勇伝について語った。
思い出話に花を咲かせるなか、吉田は「何年ごろでしょうね。ペニーレーンって所でお酒を飲んでいた時代があるんですが、そこで僕よく他のお客さんたちと殴り合いのケンカをしてるんですよ」と語り出した。
「殴り合いのケンカに自信があるかっていうと、実はね…あるんですよこれが。よくないことに」という吉田。広島の学生時代に応援団愛好会に入っており、親友が応援団長だったためケンカを覚えてしまったという。
「店で飲んでると“おもて出ろコノヤロー”っていうのが口癖でした。よくない口癖」
腕っぷしに自信があったため、新宿で酔っぱらいを相手にたびたびケンカ。「用心棒のような暮らしをしてたときが売れる前にあった」と振り返った。
「吉田拓郎は意外とケンカ強いぞ」 そんな噂を聞きつけたのが、友人でミュージシャンの“ムッシュ”かまやつひろしさん(享年78)だった。「拓郎、あいつをやっちゃえって。かまやつさんが気に入らない奴を俺にやらせるわけ。凄い悪友だと思わない?(笑い)」。
そんなある日、六本木で某プロデューサーとケンカに。「調子こいて“おもて出ろコノヤロー”ってまた言っちゃったんです。そしたら彼がケンカを買った。で、コノヤローって言った瞬間に、彼の右の回し蹴りがビューンって。僕の左のまぶたの上をシュッて通った。そしたらバーッて凄い血が出た。そしたらそれを見て、僕どうしたと思う?泣いちゃったの(笑い)。それっきり俺、ケンカやめました」と懐かしそうに笑った。