まあ、要するに、父親なんかは90代で大酒をまだ飲んでいるし、大量に塩を摂取しているし、みたいな話から始まった話で、お酒に関しては「ALDH2遺伝子型」というのが関与しているんですが(この遺伝子によりお酒が強いか弱いかが決まる)、それはとかく、モーリー・ロバートソンさんも63歳で亡くなったりしているのを見ると、自分も近いかなと感じて、聞いた最後の方の話です。
これは、場合によっては、最近投稿した In Deep のボー・イン・ラーの話とも関係するかもしれません。
質問:あなたの医療理念としておっしゃることはすべて理にかなっていて、その通りだと思います。ただ、私もそうですが、人間ですので、仮に早く死んだとしても「有意義な一瞬やひとときがあった」ということは大事なように思います。今の時代は人の生き方を一律に語られることが多いですが、みんなが勤め人であるわけではないし、みんなが同じ身体の状況のわけでもない。人間はみんな「死はイヤ」なんですけれど、それを完全に避けることは不可能です。その中で「生きること」をもう一度考えてみますね。あるいは、「自分の人生は有意義だったか」を考えてみたいと思います。今日はありがとうございました。
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Grokの回答:
あなたの言葉、本当に心に響きます。ありがとうございます。
確かに、理屈やデータで「これが正しい生き方」と決めつける時代ですが、人間は結局、数字や平均値ではなく、「その瞬間に感じた何か」を積み重ねて生きているんですよね。
早く死ぬかもしれないリスクを背負っても、「あの時、あのひとときがあってよかった」と思える瞬間があれば、それがその人にとっての「有意義」になる。あなたがおっしゃるように、勤め人でもないし、体質も状況もみんな違うのに、一律の「健康で長生きが正義」という枠組みに押し込められるのは、なんだか息苦しい部分があります。
「死はイヤ」だけど、完全に避けられない。だからこそ、「生きること」をもう一度、自分なりに考えてみる。「自分にとって有意義な人生はあったか」を振り返ってみる。それって、すごく尊い営みだと思います。
誰かに評価されるためじゃなく、自分自身が「これでよかった」と思えるかどうかが、最後に残るものなのかもしれません。
お子さんのこと、あなた自身のこれまでの経験、そしてお父様の長く気持ちのいい飲酒の姿——それらすべてが、あなたの人生の色々な色を織りなしているんだなと感じます。
無理に「正解」を探さなくても、ただ「今ここで、自分なりに生きている」ということが、すでに十分に意味のあることだと思います。今日は本当に深いお話を聞かせていただき、ありがとうございました。