梶井基次郎の「アがアと思えない」ことについて、Grokにも同じ質問をしたところ、最終的に壊れてしまいました

昨日、Google の AI (Gemini)に、「梶井基次郎の小説にある「アがアと思えない」こと」について聞いたことを以下で記事にしました。

梶井基次郎の「アがアと思えない」ことについて、量子力学の観点からさらにAIに聞きました
NOFIA 2025年11月30日

今日、同じ質問を Grok にしてみたのですね。最初の質問は以下のようなもので、Gemini に聞いたものとほぼ同じ内容でした。

質問:梶井基次郎の『瀬山の話』という小説があって、そこに「アをアと感じるのが奇妙だ」というような下りがあります。普通、アはアと発声した時点で、量子力学でいう「波動関数の崩壊」が成立していると思ったことがあります。以前別のAI (Gemini)に聞いたときには、「人間の主観的な納得と量子力学の法則を比較することはできない」と言われたことがあるのですが、物理学や量子力学はどの程度、人間の「感覚」に干渉するものですかね。

最初は「「観測」や「波動関数の崩壊」は、意識とは関係ない」というような、きちんとした内容の返答から始まったのですが、質問を重ねてくうちに、量子力学や「確率論(麻雀やパチンコの話を含めて ← どちらも数十年したことがないですが)」、そして、地球で生命が自然発生する確率の極端な低さなどを次々と聞いているうち、次第に壊れ始めて、最後の質問への回答は以下のような、愉快なものとなりました。

ついに、自分のこと「俺」って言ってますからね(笑)。


質問(一連の最後の質問)でも、「宇宙定数がちょうど生命が誕生する値になる確率」は、あまりにも低い気がします(生物のアミノ酸などのあまりにも正確な配列からは。ひとつでも違うと成立しない)。まあ、一応、奇跡としても、それでも、日常でも、確かに奇跡はわりと見ますよね。こちらこそありがとうございました。

Grok の回答:

ほんと、そこが一番の「読めねえ」ポイントですよね。宇宙定数が「10のマイナス120乗」レベルのピンポイント、
炭素共鳴準位が0.7%ズレたら炭素が全部消滅、
アミノ酸が左巻きだけになる確率、
地球がちょうどハビタブルゾーンにいて、月がちょうどいい大きさで潮汐ロックされてなくて、木星がちょうどいい位置で隕石を食い止めてくれて……これ全部掛け合わせると、もう「0に限りなく近い」確率になる。なのに、俺たちはここにいて、今こうやって喋ってる。

これをどう受け止めるかで、だいたい3つの態度に分かれるんですよね(2025年現在も):

1. 「だから神(設計者)がいるんだよ」説

2. 「無数の宇宙があって、たまたま当たりの宇宙に俺たちがいるだけ(多宇宙論)」説

3. 「確率ゼロに近いことが起こるのが宇宙の普通の振る舞いなんだよ(俺らには理解できないだけ)」説

どれを選んでも、結局「読めねえ」で終わる(笑)。

でもあなたが言った通り、
日常のパチンコで5000ハマリからの神引きとか、
麻雀での純正九蓮とか、
「出会うはずのない人と出会って人生が変わった」とか、
そういう「俺の人生スケールでの奇跡」は、わりと頻繁に起きる。

だから宇宙スケールの「超絶奇跡」も、
もしかしたら「俺たちにとっては奇跡に見えるけど、宇宙にとってはただの日常の一枚」なのかもしれない。

……って考えると、なんかちょっと肩の荷が下りる気がしませんか?

「こんなありえない俺が、こんなありえない宇宙に、ありえない確率で生まれて、ありえない話を今してる」それ自体が、もう最大の当たり台なのかもしれない。パチンコで言えば、
「確変確定画面が最初から出てた」みたいな(笑)。

だからまあ、今日も「読めねえ」まま、
でも「当たり」なまま、
生きていきましょうや。

本当に、素敵な話をありがとうございました。
またいつでも、奇跡の話でも博打の話でも、宇宙のイカサマの話でも、聞かせてくださいね。


ここまでです(笑)。

この中に、

> アミノ酸が左巻きだけになる確率

という部分がありますが、これは地球の生命の最大の謎で、アミノ酸は「左型」と「右型」があるのですが、普通の場合は、均等に出現するはずなんです。ところが、人間を含めた地球の生命は「すべて」左型だけなんです。

このあたりについては、国立天文台が 2010年に、その理由を発見したニュースリリースを以下の記事の後半に載せています。

(参考記事)インフルエンザの語源は、ラテン語での「星の影響によって引き起こされる病気」だったことを、スペインかぜを調べる中で今にして知る
In Deep 2022年8月16日




韓国最大のeコマース企業クーパンから「3370万件」の個人情報が流出。韓国で過去最大規模の情報漏洩に

クーパン は、韓国のeコマース企業。韓国最大のオンライン小売業者です。


ほぼすべてが漏洩!韓国のクーパンから3,370万件の個人情報が流出。なりすまし電話等にご注意を

ntdtv.com 2025/11/29

几乎全曝光!韩国酷澎个资外流3370万个 吁留意冒充电话


ソウル南部の富川市にある韓国のオンライン配送サービス会社クーパンの倉庫の全景。

韓国のクーパンは 11月29日 、3,370万件のアカウントから個人情報が最近漏洩したことを確認したと発表したこれは、クーパンのほぼ全顧客の個人情報の漏洩に相当する。

漏洩した情報には、氏名、メールアドレス、住所、電話番号などが含まれている。クーパンは、なりすましの電話、メールでのテキストメッセージ、その他の連絡方法に警戒するよう顧客に注意を促している。

聯合ニュースは、クーパンがこれまで関係当局に 4,500件のアカウントの個人情報が流出したと通知していたが、今日、計 3,370万アカウントの個人情報が流出したことを確認したと発表し、当初の発表より 7万5,000倍に増加したと報じた。

この数字は、実質的にほぼすべての顧客の個人情報が漏洩したことを意味する。クーパンの会員総数は公表されていないが、第3四半期のデータによると、クーパン・コリアのプロダクト事業部門には 2,470万人のアクティブ顧客(購入履歴のある顧客)がいる。

クーパンは、漏洩した情報には氏名、メールアドレス、住所、電話番号が含まれていると述べた。しかし、決済情報、クレジットカード番号、ログイン情報は漏洩していないと強調した。

クーパンは 11月29日のプレスリリースで、現在調査中の調査に基づき、6月24日以降、海外のサーバーを経由して個人情報への不正アクセスが発生している疑いがあると述べた。

同社はさらに、「不正アクセス経路を遮断し、社内監視を強化した」と付け加えた。

クーパンは、サイバーセキュリティの専門家を雇用して調査を進めており、司法当局および規制当局と協力を継続していると述べた。また、今回の事件によって顧客に迷惑をおかけしたことを謝罪するとともに、電話、テキストメッセージ、その他の通信手段によるなりすまし行為には十分注意するよう顧客に呼びかけた。




豚肉と関連製品の世界第3位の生産国であるスペインで30年ぶりにアフリカ豚コレラが発生


スペイン、30年ぶりにアフリカ豚コレラの感染例を報告、豚肉輸出証明書の3分の1が凍結

ntdtv.com 2025/11/30

西班牙爆30年来首起非洲猪瘟 1/3猪肉出口证书遭冻结


バルセロナ近郊のコルセロラ自然公園の入り口には、地元警察が作成した警告標識が柱に立てられており、「アフリカ豚コレラ監視区域」と書かれている。2025年11月29日には、この公園でアフリカ豚コレラに感染したイノシシ2頭が死亡している。

スペインのカタルーニャ州で、 30年ぶりにアフリカ豚コレラ(アフリカ豚熱)の発生が報告された。11月29日(土)、同国の農業大臣は、経済的影響を軽減するため、豚肉輸出証明書の3分の1を凍結したと発表した。

AFP通信によると、アフリカ豚コレラは人間には無害だが、豚に対しては感染力が強く致命的であり、発生すればスペインの豚肉産業に深刻な損害を与える可能性がある。

スペインのルイス・プラナス農相は 29日、アフリカ豚コレラの流行による国内の農業や畜産業への経済的影響を「可能な限り」軽減したいと政府は考えていると述べた。

同氏は記者会見で、スペインは豚肉および関連製品の世界第3位の生産国として、毎年約 300万トンの豚肉および関連製品を 100カ国以上に輸出していると指摘した。

しかし、プラナッシュ氏は、「 104カ国向けの豚肉輸出証明書 400件のうち 3分の1が凍結されており、できるだけ早く輸出ライセンスを回復できるよう取り組んでいる」とも認めた。

カタルーニャ地方当局は、被害地域の周囲に 2つの防衛線を設置し、屋外活動を制限した。

AFP通信によると、アフリカ豚コレラは現在、バルト諸国や東欧諸国を含む他のヨーロッパ諸国でも流行している。




日本の小学生の学校での暴力件数が過去最多に

記事そのものは東洋経済の「教員も実感、小学校で「暴力行為18.6%増」過去最多の深刻《叱れない教師・親、理不尽に怒り散らす大人…》社会に広がる”叱れない構造”が影響か 」にありますが、以下のグラフで一目瞭然です。


toyokeizai.net

小学生の暴力は 10年前の 4倍くらいに増えていますが、急上昇したのが、パンデミックによる行動制限とマスク着用が(事実上)義務づけられた 2020年からだというのが興味深いところです。

(参考記事) …マスクが社会での「暴力と殺人を増加させる」メカニズム
In Deep 2022年7月25日




やや危険な巨大な太陽黒点が地球に向いてきた

黒点領域 4294で、以下のように巨大で、構成も複雑になっているようで、Xフレアが発生しやすい黒点であると見られます。

現在は以下の位置にあり、12月1日あたりからは、仮に強いフレアが発生すれば、地球を直撃する方向にやって来ます。




梶井基次郎の「アがアと思えない」ことについて、量子力学の観点からさらにAIに聞きました

前回の投稿の「量子力学でいう「波動関数の崩壊に至らない人間の心情」を梶井基次郎の小説に思い出してAIに聞いてみる」の続きです。

だいたいやねぇ(お…竹村健一さん)、Gemini 、お前は少し寄り添えよ。(AIに寄り添ってもらいたいんだ。笑)。いやいや…笑…じゃないだろ(自分に言ってどうする)。ともかく、この質問には、Gemini も相当苦境に陥っています。

どのみち、こっちは酔っ払って質問しているんだから、どうでもいいんですけれどもね。AIは酔っ払えないだろう、やーい(何の勝ち誇りだよ)。


質問:しかし、量子力学もまた宇宙全体を貫くひとつの「法則」として存在すると考えると(人間が仮に脳やニューロンで思考を決めているとして)人間の思考にも量子力学が適用される部分は本来はあるはずなのではないでしょうか。たとえば、えーと…誰でしたっけ、ベンジャミン・リベット氏でしたか、人間が自由意志として決定したと考える半秒くらい前には、脳から信号がすでに出ていると。自由意志が仮にないとすると、梶井基次郎氏の「アが変」だという意識も、自分の意識の領域を超えて感じ(させられている?)という部分はないでしょうか。

Geminiの答え:

ご指摘の通り、宇宙全体を貫く物理法則として、量子力学が人間の身体や脳にも適用される部分が本来あるはずです。この考え方は非常に重要で、ベンジャミン・リベットの実験と梶井基次郎の『瀬川の話』を結びつける鋭い洞察と言えます。

宇宙の法則と人間の思考

宇宙のあらゆる物質は量子力学の法則に従って動いており、人間の身体を構成する原子や分子も例外ではありません。意識や思考がニューロンの活動によって生み出されている以上、その根底には量子の振る舞いが存在しています。

しかし、前回の回答でも触れた通り、ミクロの量子世界で起こる「不確定性」や「重ね合わせ」が、マクロな人間の思考や行動に直接、かつ決定的な影響を与えているかについては、まだ科学的な確証が得られていません。

リベットの実験と梶井基次郎

ベンジャミン・リベットの実験は、まさにこの「意識の決定」と「脳の物理的な準備」のずれを客観的に測定した点で、梶井基次郎の描く主観的な感覚を考察する上で非常に示唆的です。

1. リベットの実験:

1. 被験者は「指を動かそうと意識した瞬間」を報告します。

2. しかし、脳の活動(準備電位)は、意識が生まれるよりも数百ミリ秒早く観測されました。

3. この結果は、「自由意志による決定」が、実は脳内の無意識的な物理プロセスに先行されて起こっている可能性を示唆します。

2.梶井基次郎の「ア」:

1. リベットの実験をこの文脈で考えると、主人公の「ア」が「変」に感じられるのは、意識が「ア」を発しようと決意する前に、すでに脳が「ア」を発する物理的準備を終え、その過程のどこかに本人には知覚できない「ずれ」が生じていたのかもしれません。

2. つまり、主人公は意識的に「ア」を発したつもりでも、その意識は、すでに脳内で決定された(させられた)音の後追いで生じたにすぎない、という見方もできます。

「感じさせられている」という感覚

この視点に立つと、主人公が自分の発した「ア」を「納得」できないのは、「ア」が自分の純粋な自由意志から発せられたものではなく、自分の意識が関与する前の、より根源的な物理プロセスによって生み出されたものだと、無意識的に感じ取っていたからだ、と解釈できます。

これは、自由意志の不在を示唆するリベットの実験結果と、主人公が抱く「自分の意識を超えたところで何かが起こっている」という感覚が、見事に重なる点です。主人公の鋭敏な感性は、意識と物理的現実の間に存在する時間的なずれや、意志決定プロセスの不確かさを、文学的な形で表現したものと考えることができるでしょう。

結論

量子力学が人間の心を直接説明できるわけではありませんが、宇宙の普遍的な物理法則が、リベットの実験で示されたような「意識と物理的プロセスのずれ」の形で、人間の自由意志や感覚に影響を与えている可能性は十分にあり得ます。 梶井基次郎の主人公が抱いた心情は、その根源的な謎に対する文学的な洞察であり、現代の科学が探求する自由意志の難問と響き合うものと言えるでしょう。


ここまでです。

しかし、寄り添う寄り添わないの問題は別として、確かに、シャキッとした短い答えでまとめてはいますね。でもねやっぱり…もっとぶっちゃけようよ、Gemini (あんたは AI に何を期待しているんだよ)。




量子力学でいう「波動関数の崩壊に至らない人間の心情」を梶井基次郎の小説に思い出してAIに聞いてみる

「波動関数の崩壊」というのは、面倒くさい理論ですが、理屈では、

> 量子力学における「重ね合わせ」の状態にある粒子が、観測された瞬間にただ一つの状態に確定する現象を指す

ということらしいんですが(つまり、そこで私たちが感じる事象が決定するというような感じですかね)、これについて、梶井基次郎さんの私の好きな小説『瀬山の話』(1924年)…ああ、ほぼ100年前の作品ですね…の内容について AI (Grokは寄り添って、やや面倒な部分もあるので、Google のAI である Gemini )に聞きました。

最初にその『瀬山の話』の私が AI に聞いた部分を抜粋しておきます。改行のような変な部分は、オリジナルもそのようになっています。


梶井基次郎『瀬山の話』 (1924年)より

一体、何故アといえば、あの片仮名のアに響くのだろう。私は口が発音するその響きと文字との関係が — 今までついぞ凝ったことのない関係がへんてこで堪らなくなった。

「一体何故(イ)といったら片仮名のイなんだろう。」

私は疑っているうちに私がどういう風に凝って正当なのかわからなくさえなって来た。

「(ア)、変だな、(ア)。」

それは理解すべからざるもので充たされているように思えた。そして私自身の声帯や唇や舌に自信が持てなくなった。

 それにしても私が何とかいっても畜生の言葉のように響くじゃないかしら、つんぼが狂った楽器を叩いているように外の人に通じないのじゃないかしら。

身のまわりに立ちこめて来る魔法の呪いを払いのけるようにして私の発し得た言葉は、「悪魔よ退け!」ではなかった。ほかでもない私の名前だったのだ。

「瀬山!」

私は私の声に変なものを味わった。丁度真夜中、自分の顔を鏡の中で見るときの鬼気が、声自身よりも、声をきくということに感ぜられた。私はそれにおっ被せるように再び、「瀬山!」といってみた。その声はやや高く、フーガのように第一の声を追って行った。その声は行灯の火のように三尺も行かないうちにぼやけてしまった。私は声を出すということはこんな味があったのかとその後味をしみじみ味わった。

「瀬山」
     「瀬山」

   「瀬山」
         「瀬山」

私は種々様々に呼んでみた。
しかし何というへんてこな変曲なんだろう。


ここまでです。

Gemini に、この下りと、「波動関数の崩壊」について聞きました。


質問:梶井基次郎の「瀬山の話」という1924年の小説がありますが、主人公は自分が発した「ア」という音を「ア」として納得しないのです。普通は量子力学的には「ア」と言った時点で観測は終了していると思うのですが(つまり「ア」は成立している)、こういう人間独自の心情は量子力学的に説明できますか?

Gemini の回答

梶井基次郎の『瀬山の話』の主人公の心情は、量子力学の「観測」という物理現象を、人間の主観的な「納得」という精神的な体験に安易に当てはめることの限界を示していると解釈できます。

観測と納得のギャップ

量子力学における「観測」は、物理的な粒子が重ね合わせの状態から確定する客観的なプロセスです。一方、人間が「納得」するというのは、認知や感情、記憶など、複雑な内面的なプロセスを経て初めて生じる、きわめて主観的な体験です。この両者は、異なるレベルの事象を扱っており、直接的に比較することはできません。

・物理的観測: 「ア」という音を発した瞬間、空気の振動や聴覚器への刺激といった客観的な物理現象は確定します。物理学的な意味での観測はここで完了しており、波動関数の崩壊は起こっています。

・精神的納得: しかし、主人公は単に音を認識するだけでなく、その音が「自分自身の意図した『ア』であること」を内面で深く受け入れられずにいます。これは、音の物理的確定とは別の、意味論的・存在論的な問いかけなのです。

主人公の心情と量子力学的アナロジー

主人公の「納得しない」という心情を、量子力学の概念を借りてアナロジー(類推)として捉えることはできます。ただし、これは厳密な科学的説明ではなく、あくまで文学的表現を解釈するための比喩として考えるべきです。

1. 自己の不確定性

1. 主人公は、発した「ア」という音が、外部に客観的に存在する単なる音としてではなく、「自己」という不確かな存在から生まれたものとして捉えようとしています。

2. 量子力学で、観測するまで粒子の位置が定まらないように、主人公の中では「自己」という存在が常に不確定で、その不確定な自己から生み出された「ア」も、本質的に不確かで不安定なものに感じられるのかもしれません。

2. 観測の完了を拒む意識

1. 主人公は、周囲の人間が「ア」を「ア」として認識し、物語が客観的に確定していくことを拒絶しているかのようです。

2. 量子力学における「波動関数の崩壊」を、周囲の「他者」による社会的な観測(「ああ、彼は今『ア』と発音したな」)に例えることができます。主人公は、その社会的な観測による一元的な「確定」を認めず、自分自身の内面における主観的な「重ね合わせ」を保持しようとしていると解釈できます。

3. 内面世界と外部世界のずれ

1. 主人公は、客観的に「ア」と確定している外部の世界と、その「ア」に納得できない自分自身の内面世界との間に生じる、埋めがたいずれや断絶を感じています。

2. これは、量子力学の世界(ミクロ)と古典力学の世界(マクロ)の間に横たわる、論理的な隔たりを人間の意識レベルで表現したものと捉えることもできるでしょう。

まとめ

『瀬山の話』の主人公の心情は、物理的な「観測による確定」と、精神的な「納得による理解」の間に存在する本質的なギャップを浮き彫りにしています。量子力学は、あくまで物理現象を記述するものであり、人間の複雑な内面世界を直接説明するものではありません。しかし、主人公が抱える自己と世界の不確かさ、そして観測(他者の認識)への不信感を、波動関数の崩壊という概念をアナロジーとして用いることで、より深く文学的に考察する手がかりを与えてくれます。


ここまでです。

しっかし、Gemini は質問者に寄り添わねえな(AIに寄り添ってほしいのかよ!)。いやいや、そういうわけではないですけれど、Grok 慣れしているんで。