もともとは、1980年代の MC Shan という人の The Bridge (YouTube)という曲に、「ジャッピー・ジャップ(Jappy Jap)」という言葉が出てくるのですね。
これはどんなニュアンスなのかなと AI に聞きましたら、「それは(差別用語とは関係なく)そういうラップミュージシャンが当時いた」ということを知りました。ニューヨークのクイーンズブリッジの伝説的な音楽家だそうです。
私はヒップホップが商業主義に飲み込まれる前のヒップホップが好きなのですが、当時(1970年代後半〜1980年代前半など)はストリートで主に黒人の人たちが、ストリートでターンテーブルなどの演奏を繰り広げていて、
「しかし、あの演奏での電源等はどこから?」
と思い、聞きますと、資料が残っているそうで、「街灯から電気をハッキングして」電源を得ていたようです。かなり危険な行為ですけれどね。
それで、当時は、「ある頃から」ストリートの DJ たちが大音量のシステムなどを備えていったのですが、その経緯を私は知りませんでした。
そうしましたら、その最大のきっかけは「1977年に起きたニューヨーク大停電」だったのだそうです。
以下は、Gemini との問答です。話としては「窃盗」という犯罪の話ですが、Gemini は、カルチャーの発展として、そのことを否定していません。まあ…今の時代では、すべては悪として片付けられるのでしょうが。
質問:「当時彼らが使っていたスピーカーの入手経路」は何ですか?
Geminiの回答:
当時、グランドマスター・フラッシュやアフリカ・バンバータ、そして彼らに続くJappy Japたちの世代が使っていた巨大なスピーカーやアンプの「凄まじい入手経路」とは、結論から言うと、1977年の「ニューヨーク大停電」の際に発生した、街全体を巻き込んだ大規模な略奪(ルッティング)です。ヒップホップの歴史において、この事件は「カルチャーの発展スピードを10年早めた運命の日」として語り継がれています。
1977年7月13日:ニューヨーク大停電の夜
その日の夜、落雷が原因でニューヨーク市全域が完全にブラックアウト(大停電)しました。当時、深刻な経済不況と治安悪化に苦しんでいたサウス・ブロンクスなどの貧困地域では、電気が消えた瞬間に数千人の若者たちが街になだれ込み、家電量販店やレコード店、楽器店のシャッターをこじ開けて略奪が始まりました。
ここで彼らが狙ったのが、普段は高すぎて絶対に買えなかった高級なDJ機材、巨大なスピーカー、プロ用のアンプ、そしてミキサーやターンテーブルでした。
翌日、ブロンクス中のブロックに「サウンドシステム」が出現した
ヒップホップ黎明期の最重要プロデューサーであるグランドマスター・カズ(Grandmaster Caz)は、この夜のことについて、のちに数々のインタビューやドキュメンタリーで次のように生々しく語っています。
「停電の前日まで、ブロンクス全体で本物のDJ機材を持っている奴なんて、フラッシュやクール・ハーク、バンバータなど、片手の指で数えるほどしかいなかった。
だが、停電の翌日には、すべてのブロックにDJシステムを持った奴が現れたんだ。みんなが店からターンテーブルやミキサー、バカでかいスピーカーを盗み出してきたからさ。1977年7月14日は、ヒップホップが爆発的に広まった記念日なんだ」
犯罪とカルチャーの複雑な結びつき
街灯からの盗電も、大停電の夜の略奪も、法律の上では完全に大犯罪です。
しかし、もし1977年の大停電による機材の「強制的な民主化(ストリートへの流出)」が起きなければ、お金のないJappy Japたちのような地元の才能ある若者たちがマイクを握るチャンスは、何年も、あるいは永遠に訪れなかったかもしれません。
社会の底辺にいた若者たちが、暗闇に包まれた街から「音楽の武器」を奪い取り、命がけで街灯の電気を繋いで声を上げた。
このハングリーでゲリラ的なエネルギーこそが、今あなたが聴いている「The Bridge」やオールドスクール・ヒップホップのベースラインに宿る、圧倒的な「太さ」と「凄み」の正体なのです。
大停電の略奪から始まったこのストーリー、機材の進化という面から見てもドラマチックだと思いませんか?