「二十代ソング」カテゴリーアーカイブ

Grokがビーチボーイズを褒める風景

全部の曲が好きなわけじゃないですけれど、地味に「すごいバンドだな」と思うのがビーチボーイズでした。なんで、ビートルズやローリングストーンズみたいな扱いになっていないのだろうと聞いた後の下りです。

この質問に出てくる God Only Knows というのは、アメリカのブギーナイツ (1997年)という映画のラストシーンに使われていて、私はそれで知りました。ブギーナイツみたいな映画も、二度とこの世には出てこないでしょうねえ。20世紀と21世紀の差は大きいです。

同じく質問に出てくる Do It Again は、こちらに動画があります。 God Only Knows は以下の動画の曲です。やや不思議な音階です。


Grokへの質問:ビーチボーイズの Do It Again とか God Only Knows などは、本当に一般的なポップカルチャーの持つ俗的な部分さえ凌駕しているような感じで、崇高だなあと思ったことはあります。私は特にビーチボーイズのファンではないですが、昔のロックを聴きたいときには最初の選択肢になるのです。

Grokの回答:

とてもよくわかります。「Do It Again」と「God Only Knows」は、ビーチボーイズの中でも特に「俗っぽさを超越した」輝きを持った曲だと思います。特にあなたが「崇高」と感じる部分は、ブライアン・ウィルソンの才能が極限まで発揮された瞬間ですよね。

「God Only Knows」(Pet Sounds, 1966)

・これは本当にポップ音楽の頂点の一つと言っていい曲です。

・歌詞はシンプルなのに、愛情の脆さと永遠性を同時に歌っていて、宗教的な荘厳さすら感じさせる。

・あのコーラスワークの積み重ね方(特にブライアンの声のレイヤリング)は、当時のポップでは異例の密度と美しさ。バッハ的な対位法の影響も指摘されるくらい、ただのポップソングの域を超えています。

・カール・ウィルソンのリードボーカルも、透明感と切なさが完璧にマッチしていて、聴くたびに胸が締め付けられるような感覚になります。

「Do It Again」(1968)

・一見軽やかなノスタルジック・サーフ曲に見えますが、実は大人になった男の回顧と、繰り返される日常への切実な想いが込められています。

・ブライアンが精神的に不安定な時期に作られた曲なのに、表面的には爽やかでキャッチーというギャップが絶妙。

・サウンドのクリアさと、波の音や効果音の使い方も、まるで音の絵画のように洗練されていて、俗っぽい「夏のヒット曲」枠を超えています。

あなたが「ビーチボーイズのファンではないけど、昔のロックを聴きたいときの最初の選択肢になる」というのは、すごく的を射ていると思います。彼らの音楽には、ビートルズやストーンズにはない“純粋な美しさ”と“メロディの透明感”があるんですよね。

ロックの反骨や社会性ではなく、人間の感情の純度を高密度で詰め込んだようなところが、時を超えて心に響く。

他の曲で似た「崇高さ」を感じるなら、以下もおすすめです:

・“Wouldn’t It Be Nice”(Pet Sounds) — 青春の理想と現実のギャップを美しく昇華

・“Surf’s Up”(特にSmile版や1971年版) — 晩年のブライアンの深い世界観

・“Till I Die” — 存在の儚さを描いた、ほとんど瞑想的な一曲

こうした曲を聴いていると、ビーチボーイズは「ポップの職人」ではなく「音の詩人」だったんだなと再認識します。




やっぱりスクラッチ・ミュージックはいいなあ

最近、20〜30年前に聴いていたヒップホップやターンテーブリズム音楽(スクラッチ音楽)を、いろいろと引きずり出して聴いているのですけれど、出会って間違いがなかったなあと思います。

荒々しいものからソフトなものまで、いろいろありますけれど、当時この刺激を知らなければ、私は音楽自体を聴かなくなっていたかもしれないですから。30代に入って、もうロックには辟易していた頃でした。ロックは聴きたくもなくなっていました。

以下は、カナダのキッド・コアラという人が 2000年頃に出したアルバムからです。映画「ラストエンペラー」で坂本龍一さんが作曲した映画音楽をスクラッチ仕立てにした軽音楽ですね(ラストエンペラーの音楽のオリジナルはこちらです)。

Kid Koala – Emperor’s Main Course (2000年)

いろいろなヒップホップやスクラッチ・ミュージックがあったおかげで、30代を生き長らえて、まあまあ、わりと楽しく通過することができました。




2002年のアメリカHIP HOPの名曲Jappy Japの語源を知る

この Jappy Jap というタイトルの曲(YouTube)は、アメリカのピープル・アンダー・ザ・ステアーズ (People Under the Stairs)という HIP HOP デュオの 2002年頃の軽快な曲で結構好きなものです。


People Under the Stairs

いかにも、日本と関係していそうなタイトルですが、歌詞はこちらにあるのですけれど、どれだけ聴いても、歌詞の中に「日本」とか「日本人」という言葉が出てこないのですよ。

つまり、Jap とついたこの曲は、日本とはまったく関係ない曲ということになる。

「じゃ何?」

とはずっと思っていたのですが、最近、ふとしたことから、その理由を知りました。

1980年代のクラシック HIP HOP で、 MC Shan という人の The Bridge (1986年)という曲があります。その中に「 Jappy Jap 」という言葉が出てくるのでした。

つまり、ピープル・アンダー・ザ・ステアーズは、古典 HIP HOP への敬意を込めて、この言葉を入れたようです。

以下の 1分11秒くらいのところで「A brother who’s known for his rap – Jappy Jap」と出てきます。意味は、「ラップで有名な兄弟 – それがジャッピー・ジャップ」というようなもので、つまり、「誰かのニックネーム」か、あるいは「誰も知らないけれど、実在した HIP HOP のユニット名」であるようです。

MC Shan – The Bridge (1986年)

この曲のさまざまな部分が、後の HIP HOP 界で、多種多様にスクラッチやサンプリング音源として使われている名曲中の名曲ですが、この中に Jappy Jap が出てくることを知りました。

何で、そんなニックネームが付けられたのかは不明ですが、今度、知り合いにこのニックネームをつけてみようかな(何かしらんが、やめとけ)。




思い出波止場の初期ライブで思い出す「社会の陰と陽」

先日、日本の思い出波止場というバンドのポップ曲「Sugar Clip」という曲を取りあげたのですが、おそらく、その 10年近く前の同バンドのライブ映像がパソコンから見つかりました。おそらく、1980年代の終わり頃の京都のライブハウスあたりだと思うのですが、詳細はもうわからないです。

こういう感じのライブは、東京にしても関西にしてもわりとあった時代で(特に京都が過激でした)。

こういう中にいるときは楽しかったですね。

この世の中が「陰と陽」で成り立っているとすれば、「陽」が輝くためには「陰」も輝いて、初めてカルチャー、あるいは社会は成立します。

今の世の中は「陽」にだけ焦点が当てられることになっていて、「陰」のカルチャーが輝いていません。それは不健全なカルチャー、あるいは社会となってしまいかねません。「陰と陽」の理屈は理屈ではないのです。掟です。




かつての日本の音楽家は詩人だなあと「想い出波止場」の曲を30年ぶりくらいに聴いて思う

想い出波止場というのは日本のバンドで、今では Wikipedia の項目もあることを知りましたが、京都あたりの人たちが主体の(1980年代前半の音楽シーンで最も狂っていたのは京都や大阪の人々)パンクというのかノイズというのか、まあ、実験ロックのバンドでした。

その想い出波止場の唯一(?)のポップソングがこれですね。

歌詞を見ますと、それもまた意味がわからないのもよいですね。


想い出波止場 – Sugar Clip (1997)

想い出波止場 – Sugar Clip 歌詞

追いつく2つの汗 腕に書き込まれた印を
時 また向かい やがて記憶の底へつなぐ

ゆき または西 たえず重なる2つの影
道 そして海 いつもはずれる 頭は鍵カギ

生まれる 生まれる
カラダと ココロと トグチと ハングと サイケと ミライは
方向を変え一直線で向かおう
さと 変わりゆく はるか 次元の行方を見る
世界中がなぜ そして 忘れた頃に解ける
愛こそ意味と それは ちぎれた時間の影

また続くのか
いつも薄れる 記憶の扉を 左に曲がれ
公園を越えて 細い路地を抜け
最初の信号 斜めに渡り
交番の横で 追い抜いちまおう

今 電話から 遠く聴こえる 呪文の声
明日 すべて知る 「曖昧な答え忘れたよ」
僕はらせんの群れ さらに書き込まれる印を
時 また放し やがて記憶の底へつなぐ

今日出会うだろう かつて別れた手足と目を
そして二度と無い きれいな言葉を 歌おう
どこへでも つながれ




ハードコアパンクバンドGAUZEのラストアルバムの最初の曲の歌詞を改めて聴いて

ガーゼ(GAUZE)は、初めて聴いてから 40年くらいになるのですかね。2022年に活動停止となりましたけれど、私にとっては、日本のバンドで継続的に聴いた数少ないハードコアパンクバンドではあります。

最後のアルバムが、2021年に出ていまして、その最初の曲の歌詞を聴いて「いつまでも優しい人たちだなあ」と、しみじみと感動した次第ですが、その歌詞です。ガーゼのメンバーも(みんなかどうかはわからないですが)肉体を使った仕事をしながら 40年以上バンドをしていたわけで、この「ムラカミ」という、おそらくは同じ仕事場にいたであろう人への思いを非常に感じます。

常に弱い人たち、あるいは自らを卑下している人たちに強いメッセージを送り続けていたバンドでした。もちろん、ハードコアパンクバンドとしての立場でも日本の頂点でもありました。以下の映像は、以前適度に作ったものです。

GAUZE – ムラカミという男 (2021年)

作業着姿のムラカミは
どこから見ても日本人じゃねえ

10年前に深センから
東川口にやってきたらしい

東京タワーの見える長屋に
一人で住んでると言っていた

23時間工場に居るから
多分それは嘘だろう

小汚ねえけどムラカミは
小汚ねえけど必死に生きてる

休憩部屋に椅子を並べ
3時間だけ眠ってる

便所と飯以外ずっと
最低時給で働いている

労基が何だか知らねえが
細けえ事に口出すな

品川あたりの見掛け倒しより

小汚ねえけどムラカミは
小汚ねえけど必死に生きてる

だけど金は持ってねえ
ほとんどどこかに送ってる

故郷に家族が居るらしいが
片言だから良く分からねえ

労基が何だか知らねえが
細けえ事に口出すな

品川あたりの見掛け倒しより

小汚ねえけどムラカミは
小汚ねえけど必死に生きてる

ムラカミに幸あれ

奴の覚悟に口出すな!




P-MODELの平沢進さんが、映画「ストリート・キングダム」について書き込んでいた


Susumu Hirasawa

この映画は、私の住むウェインズ・ワールド市でも(いい加減にしろ)やっていて、私は行こうかどうか悩みながらも、まだ観ていないのですけれど、予告(下にあります)を YouTube で見て、「遠藤ミチロウさんはこんな人じゃない」とか「何かアケミ(ジャガタラというバンドのフロントマン)も違う」と思っていたのですが、平沢進さんのこの投稿は良かったです。映画を批判しているのではなく、単に「違和感」の話です。

映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』予告

ザ・スターリンの遠藤ミチロウさんは、私は知り合いではないですが、表現に対して真面目一徹の人。承認欲求などなかった。

話は違いますが、平沢進さんの P-MODEL も、十代のとき(ファーストアルバムは1979年)を聴いて、大変に影響を受けた人ですが、今でもご健在なのだなあと感銘します。以下の曲は、そのファーストアルバムの「ラストの曲」です。未来は綺麗に…と連呼する曲でした。