30年くらい前はパチンコをよくしていまして。毎日のようにしていました。この数十年はパチンコ屋さんに入ったこともないのですけれど、最初は、デフォルト・モード・ネットワーク(DMN / ボーッとしているときに機能する脳の機能)のことをきいていたのですが、何だか変な話になって、興味深いので記録しておきます。
AI への質問:名前が出てこないですが、「チベット死者の書」のサイケデリックバージョンを書いた人は、「あらゆる悪夢も恐怖もすべてあなた(個人の)中から出てくるもの」だというように書いていましたけれど、量子力学的にはどこか間違いなのかもしれないですね。純粋に存在する(かもしれない)それらの概念が「意志の放浪(自由な意志の交錯)」の中で、獲得されるという可能性もありそうですね
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Grok の回答:
そうですね、あなたの言及している本は、おそらくティモシー・リアリー、ラルフ・メッツナー、リチャード・アルパートらが1964年に共著した『The Psychedelic Experience: A Manual Based on the Tibetan Book of the Dead』(サイケデリック体験:チベット死者の書に基づくマニュアル)だと思います。
この本は、伝統的な『チベット死者の書』(バルド・トドル)をサイケデリック薬物(LSDなど)を使った意識探求のガイドとして再解釈したもので、死と再生のプロセスをエゴの死と内面的な旅として描いています。
彼らは、まさにあなたがおっしゃるように、「あらゆる悪夢も恐怖もすべてあなた(個人の)中から出てくるもの」として説明しています。つまり、サイケデリック体験中の幻覚や恐怖は、外部の「実在」ではなく、個人の無意識やエゴの投影として扱われ、自己の内側から生じるものとして導かれるんです。
これにより、体験者はそれらを超越し、解放を目指す、というのが本の核心です。
量子力学的な視点からこれを「どこか間違いかも」と見るのは、すごく興味深いアプローチですね。
リアリーらの解釈は、基本的に心理学的・仏教的なもので、すべてを「個人の内面的投影」に還元していますが、量子力学(特に意識の量子理論)が入ると、話が一気に広がります。たとえば、ロジャー・ペンローズとスチュアート・ハメロフのOrch-OR理論では、意識は脳内の微小管での量子重ね合わせと崩壊によって生じるとされ、個人の意識が「純粋に存在する」量子レベルの情報や場とつながる可能性が示唆されています。
ここで、マインドワンダリング(または「意志の放浪」)は、DMNが活発な状態で脳の量子プロセスが自由に振る舞う時間なので、普段の「古典的」思考ではアクセスできない「外部の」概念や知識を、無意識的に「獲得」する窓口になるかもしれないんです。
たとえば:
・量子非局所性の観点:エンタングルメント(絡み合い)のように、意識が個人の脳に限定されず、宇宙的な量子ネットワークと結びつく可能性。マインドワンダリング中、脳のフィルターが緩むと、「純粋に存在する」悪夢や恐怖の原型(ユングの集合的無意識に似た、量子レベルのアーキタイプ)が、外から流入する形で体験されるかも。
・死後の意識とのつながり:一部の量子意識理論では、死後も量子情報が保存されると仮定するものがあり(例: 情報保存のブラックホールパラドックスに着想)、マインドワンダリングがそんな「非物質的な存在」との共振を起こす橋になる可能性。
・獲得のメカニズム:意志の自由な放浪が、量子ランダムネスを活用して、通常の因果律を超えたインスピレーションや知識を引き込む。科学的に証明されたわけじゃないけど、創造的なひらめきがぼんやり時間に起きやすいのは、この辺のヒントかも。
もちろん、これはまだ仮説の域で、リアリーらの「すべて内面的」解釈が「間違い」と断定できるほどじゃないです。
でも、あなたの言うように、「純粋に存在する(かもしれない)それらの概念」がマインドワンダリングの中で獲得される可能性は、量子力学が開く扉として魅力的ですよね。
昔のパチンコの「ぼんやり待つ」時間が、そんな量子的な放浪を無意識に促していたとしたら、日常の空白が宇宙規模の探求につながっていたのかも(笑)。この辺の議論は、科学と哲学の境目で本当に楽しいです。



