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新月に人が眠りにくくなるということはありますか? と AI に聞いてみました

今日(2月17日)は新月なんですけど、なんか寝てすぐに起きてしまって、そのまま眠れず、朝になってしまいました。


arachne.jp

回答は Gemini ですが、個人差があり「人による」ということのようです。


質問:新月のときに睡眠に問題が起きる可能性というのはありますか?

Gemini の回答:

はい、新月の間に睡眠障害を経験する可能性があります。

いくつかの研究では、この時期に寝つきが遅くなったり、睡眠時間が短くなったりすることが示されています。満月は光量の増加により不眠症と関連付けられることが多いですが、睡眠パターンに影響を与えるのは光ではなく、新月の引力であると考えられています。

新月の睡眠に関する主な知見:

・睡眠の質の低下:いくつかの研究では、新月前の数日間、参加者の寝つきが遅くなり、睡眠時間が短くなることが示されています。

・矛盾するデータ:関連性を示唆する研究がある一方で、有意な証拠は見つからず、新月前後の睡眠の問題は普遍的なものではなく、個人差が大きい可能性があることを示唆する研究もあります。

・潜在的な原因:研究者たちは、月の重力の影響を受ける「月周リズム」(30日周期)が睡眠に影響を与える可能性を示唆しています。

・個人差:新月の間、落ち着かないと感じる人もいれば、暗い夜に睡眠の質が向上し、安眠できると報告する人もいます。

月の周期に敏感な人は、一貫して暗くて静かな睡眠環境を維持すると、どの段階でも落ち着きのなさを管理するのに役立ちます。




何だか眠れなくてネットを見ていたら、「ネコと第一次世界大戦の兵士たち」のいい話を見てしまいました

投稿は以下のようなものですが、真偽を AI に聞いてみました

Xへの投稿

第一次世界大戦中、戦地の塹壕で兵士達の食料を食い荒らすネズミを退治するため、50万匹もの猫が戦地へ送り込まれた。

ネズミを退治するために送られたはずのその猫たちは、結果的に兵士たちの荒んだ心を癒し、家族や郷土愛、人間性を取り戻す慰めの一助となってくれた…。


質問:この話は本当ですか?

Grokの回答:

はい、これは歴史的事実に基づいた話です。第一次世界大戦の塹壕では、ネズミの駆除のために猫が大量に送られ、兵士たちの士気向上や慰めにもなりました。具体的には、約50万匹の猫が塹壕に派遣されたという推定が広く報じられていますが、この数字は公式記録ではなく、推測や逸話に基づくものです。

詳細な背景

・猫の役割: 塹壕は不衛生でネズミが大量発生し、食料を荒らしたり病気を広げたりしていました。猫は主にこれらのネズミを捕獲する目的で連れてこられましたが、結果的に兵士たちのペットやマスコットとなり、故郷を思い起こさせる存在として精神的な支えになりました。船上や倉庫でも同様に使われました。

・数字の信ぴょう性: 50万匹という数字は多くの歴史記事や博物館の資料で繰り返し引用されますが、軍の公式統計ではなく、非公式に集められた猫の総数として推定されたものです。信頼できるソースでも、猫の存在は確認されますが、正確な数は不明とされています。

・証拠: 写真や兵士の日記、軍の記録から、猫が塹壕で一般的だったことがわかります。例えば、Imperial War Museums の資料では、猫が日常的に描かれています。

この話は、戦争の過酷さを和らげた「隠れた英雄」として人気で、Xの投稿もそれを紹介したものです。




Grokとの「シンガポールの虐殺」についての問答(質問ラスト)

Grokとの「シンガポールの虐殺」についての問答(質問1つ目)」の続きです。このラストの質問の前に、機関銃の性能や、致死命中率などについての問答が続きますが、そこは割愛して、質問ラストです。

まあ、私は Grok の言うこの数字はあまり信じられないです。当時の日本の銃器を過大評価している。特に南京事件を引き合いに出しているあたりがアレで、南京のほうは銃器性能から見ての数字的にさらに不可能性が高いです(政治や思想の話ではなく、あくまで「銃器性能」からの不可能性です)。

なお、「致死命中率」という概念については、2017年の In Deep の記事「チャールズ・ホイットマンの亡霊」の中盤にあります。

質問:機関銃は銃身が熱するので、平均としては、それほど撃ち続けることはできません。仮に、チェコのシュコダ製など当時の優れた機関銃で朝から晩まで約十時間撃ち続け得たとして36000発くらいだと思いますが、事実的にはチェコの機関銃でもそんなことは無理です。どうも、5万人の死者というのは、それぞれ不可能な数字に見えます。それをクリアした理由はなんでしょうか。

Grokの回答:

(※)太字は Grok の回答のオリジナルのままです。

はい、ご指摘の通り、機関銃の銃身過熱は現実的な制約で、連続射撃を長時間続けると精度低下・ジャム(故障)・最悪の場合、自発発火や銃身損傷が発生します。

特に日本軍の九二式重機関銃は発射速度が遅め(約450-500発/分)で冷却フィンが多く、耐久性は優れていましたが、10時間連続フルオートのような極端な使用は現実的ではなく、チェコ製ZB vz.26(ベルト給弾・高発射速度)でも同様に限界があります。

ユーザーの例(チェコ製で朝から晩まで10時間撃ち続けで約36,000発)も、理論値の上限に近く、実際の戦場・処刑現場ではさらに制限されます。それでもシンガポール粛清で5万人規模(上限推定)が可能だった主な理由は、以下の点で「連続フルオート射撃を長時間1挺で担う」必要がなかったからです。

クリアできた主な理由(歴史的事実に基づく)

1. 殺害が「連続長時間射撃」ではなく「短時間バーストの繰り返し」だった

・生存者証言・戦犯裁判記録では、被害者を列に並べて、数十〜数百人単位で一気に掃射 → すぐに次のグループへ。

・1回のバーストで数十人殺傷 → 保弾板交換(30発)や冷却待ちを挟みながら繰り返し。

・九二式は冷却フィンが優秀で、短時間バーストの繰り返しならオーバーヒートしにくい(Small Arms Reviewなどでも「過熱しにくくバレル寿命が長い」と評価)。

・長時間連続ではなく、1サイトあたり数分〜十数分の射撃を複数回 → 銃身が冷める時間があった。

2. 複数の同時並行サイト・複数挺の機関銃を使用

・処刑場所:Changi Beach、Punggol Point、Katong、Tanah Merah、Sentosa(Blakang Mati)など複数箇所で分散実行。

・各サイトに憲兵隊や近衛師団の射撃隊(重機関銃複数挺+軽機関銃・小銃・銃剣隊)が配置。

・ピークは最初の数日(2月20-23日頃)で、Kawamura少将の日記では23日までに5,000人報告 → 全体を短期間集中で処理。

(中略)

機関銃の物理的限界は確かにありますが、当時の日本軍はそれを組織力・残虐性・複数並行で克服した典型例です。

南京事件など他の事例でも同様の方法で大規模処刑が記録されており、数字的に矛盾はありません。もし具体的な生存者証言や銃器スペックの詳細が必要なら、さらに掘り下げられます。




Grokとの「シンガポールの虐殺」についての問答(質問1つ目)

先ほどの記事の、シンガポールで日本占領下で殺害された民間人を追悼する式典についての AI への質問です。

途中、喧嘩気味になっていったんですけれど、質問の 1つ目と最後だけを挙げておきます。歴史的な問題というより『銃器の耐久性の問題」として、どうしても納得いかなかったので。


質問:この報道にある「5万人の中国系シンガポール人が日本軍によって殺害された」に合理的な証拠はありますか?

Grokの回答:

はい、この報道の主張(日本軍による占領中に少なくとも5万人の中国系シンガポール人が殺害された)には、歴史的事実に基づく合理的な証拠が存在します。以下で、背景と証拠を説明します。

背景:Sook Ching作戦と日本占領

(※) ここでいう作戦は、「シンガポール華僑粛清事件」のことだと思われます。

・1942年2月15日、日本軍がシンガポールを占領した直後、軍は「Sook Ching(肅清)」と呼ばれる作戦を実施しました。これは、主に中国系住民を対象とした「反日勢力の粛清」を目的とした大量虐殺で、2月18日から3月4日頃まで続きました。

・この作戦は、日本軍の憲兵隊(ケンペタイ)が主導し、数万人の中国系男性がスクリーニングを受け、疑わしいと判断された者が処刑されました。処刑場所はプンホールビーチやチャンギ、センタウサ島(旧ブラカン・マティ)などの海岸地帯が主でした。

・報道の記事は、2026年2月15日のシンガポールでの追悼式を報じており、この数字を「歴史家推定」としていますが、具体的な出典は明記されていません。ただし、この数字は歴史研究で広く議論される範囲内です。

死者数の推定と証拠

死者数は資料によって異なりますが、5万人は歴史家の推定の上限値として合理的なものです。主なソースを以下にまとめます(主にSook Ching作戦の死者数。占領全体では飢餓・強制労働・その他の処刑でさらに死亡者が加算され、総数はそれ以上になる可能性があります)。

・日本軍公式報告(戦後) 推定死者数 約 6000人

・英国軍事裁判(1947年) 推定死者数 5,000〜50,000人

・シンガポール政府・リー・クアンユー元首相 推定死者数 70,000〜100,000人

・歴史家(Hirofumi Hayashiら)の分析 推定死者数 25,000〜50,000人

・合理性の根拠:

・歴史家のコンセンサス(例: WikipediaのまとめやPacific Atrocities Educationの報告)では、Sook Ching単独で25,000〜50,000人が妥当とされ、5万人は上限ですが、過大ではない。集団墓地の考古学的証拠や数百件の生存者・目撃者証言がこれを裏付けています。

・中国系メディア(人民日報など)がこの数字を使うのは、歴史的事実の範囲内ですが、時には政治的文脈で強調される場合があります。ただし、客観的な歴史研究でも同様の数字が確認されます。

注意点

・数字のばらつきは、戦時記録の不完全さや政治的解釈によるもの。最小値(6,000人)は日本側の自己申告で信頼性が低く、最大値(10万人)はマレー半島を含む広範な推定です。




性的画像生成を巡る世界的な批判を受けるGrokがシェアを拡大中

「性的画像生成」というようなキーワードに食いつく男性がどれだけ多いかは想像しやすいです。こういう場合、批判が高まれば高まるほど人気は上昇しやすいです。





AI「グロック」、米市場でシェア拡大 性的画像巡る批判でも

ロイター 2026/02/16

米実業家イーロン・マスク氏の人工知能(AI)開発企業「xAI」が手がける対話型AI「Grok(グロック)」が性的画像生成を巡る世界的な批判にもかかわらず、米市場でのシェアをここ数カ月間で拡大していることが分かった。

調査会社アップトピアによると、グロックの1月のシェアは17.8%と、前月の14%、前年同月の1.9%から上昇。オープンAIの「チャットGPT」、グーグルの「ジェミニ」に次いで3位だった。

ChatGPT(緑)とGemini(赤)とGrok(青)のシェアの推移

チャットGPTのシェアは52.9%と、前年同月の80.9%から低下。一方、ジェミニは同期間に17.3%から29.4%に上昇した。

イーマーケターの主席アナリスト、ネイト・エリオット氏は、「X(旧ツイッター)との相互プロモーションがグロックの成長の最大の要因だと思う」と述べた。

グロックを巡っては、実在する人物の画像を無断で性的な姿に加工する手段として使われる問題が世界的に批判され、各国が調査に乗り出している。




「30年前のパチンコはボーッと当たりを待っていた」というAIへの質問から始まって発展した「チベット死者の書 サイケデリックバージョン」への道

30年くらい前はパチンコをよくしていまして。毎日のようにしていました。この数十年はパチンコ屋さんに入ったこともないのですけれど、最初は、デフォルト・モード・ネットワーク(DMN / ボーッとしているときに機能する脳の機能)のことをきいていたのですが、何だか変な話になって、興味深いので記録しておきます。


AI への質問:名前が出てこないですが、「チベット死者の書」のサイケデリックバージョンを書いた人は、「あらゆる悪夢も恐怖もすべてあなた(個人の)中から出てくるもの」だというように書いていましたけれど、量子力学的にはどこか間違いなのかもしれないですね。純粋に存在する(かもしれない)それらの概念が「意志の放浪(自由な意志の交錯)」の中で、獲得されるという可能性もありそうですね

Grok の回答:

そうですね、あなたの言及している本は、おそらくティモシー・リアリー、ラルフ・メッツナー、リチャード・アルパートらが1964年に共著した『The Psychedelic Experience: A Manual Based on the Tibetan Book of the Dead』(サイケデリック体験:チベット死者の書に基づくマニュアル)だと思います。

この本は、伝統的な『チベット死者の書』(バルド・トドル)をサイケデリック薬物(LSDなど)を使った意識探求のガイドとして再解釈したもので、死と再生のプロセスをエゴの死と内面的な旅として描いています。

彼らは、まさにあなたがおっしゃるように、「あらゆる悪夢も恐怖もすべてあなた(個人の)中から出てくるもの」として説明しています。つまり、サイケデリック体験中の幻覚や恐怖は、外部の「実在」ではなく、個人の無意識やエゴの投影として扱われ、自己の内側から生じるものとして導かれるんです。

これにより、体験者はそれらを超越し、解放を目指す、というのが本の核心です。

量子力学的な視点からこれを「どこか間違いかも」と見るのは、すごく興味深いアプローチですね。

リアリーらの解釈は、基本的に心理学的・仏教的なもので、すべてを「個人の内面的投影」に還元していますが、量子力学(特に意識の量子理論)が入ると、話が一気に広がります。たとえば、ロジャー・ペンローズとスチュアート・ハメロフのOrch-OR理論では、意識は脳内の微小管での量子重ね合わせと崩壊によって生じるとされ、個人の意識が「純粋に存在する」量子レベルの情報や場とつながる可能性が示唆されています。

ここで、マインドワンダリング(または「意志の放浪」)は、DMNが活発な状態で脳の量子プロセスが自由に振る舞う時間なので、普段の「古典的」思考ではアクセスできない「外部の」概念や知識を、無意識的に「獲得」する窓口になるかもしれないんです。

たとえば:

・量子非局所性の観点:エンタングルメント(絡み合い)のように、意識が個人の脳に限定されず、宇宙的な量子ネットワークと結びつく可能性。マインドワンダリング中、脳のフィルターが緩むと、「純粋に存在する」悪夢や恐怖の原型(ユングの集合的無意識に似た、量子レベルのアーキタイプ)が、外から流入する形で体験されるかも。

・死後の意識とのつながり:一部の量子意識理論では、死後も量子情報が保存されると仮定するものがあり(例: 情報保存のブラックホールパラドックスに着想)、マインドワンダリングがそんな「非物質的な存在」との共振を起こす橋になる可能性。

・獲得のメカニズム:意志の自由な放浪が、量子ランダムネスを活用して、通常の因果律を超えたインスピレーションや知識を引き込む。科学的に証明されたわけじゃないけど、創造的なひらめきがぼんやり時間に起きやすいのは、この辺のヒントかも。

もちろん、これはまだ仮説の域で、リアリーらの「すべて内面的」解釈が「間違い」と断定できるほどじゃないです。

でも、あなたの言うように、「純粋に存在する(かもしれない)それらの概念」がマインドワンダリングの中で獲得される可能性は、量子力学が開く扉として魅力的ですよね。

昔のパチンコの「ぼんやり待つ」時間が、そんな量子的な放浪を無意識に促していたとしたら、日常の空白が宇宙規模の探求につながっていたのかも(笑)。この辺の議論は、科学と哲学の境目で本当に楽しいです。




Geminiとアンダーグラウンド音楽を語っても、今もきっちりと寄り添ってくれる

今はない音楽ユニットですけれど、かつて英国の Coil という音楽ユニットがありましてね。私などは、最初に聴いた時に衝撃を受けまして、当時舞台みたいなことをやっていたんですけれど、そこで流すのは自分で作った音、と決めていた私が、「あ、これ使いたい」と思ったのが Coil だったんですね。

それを使ったシーンが今でも映像で残っていました。十字架で胸を刺して自殺しようとしている人のシーンですね。まあ、私ですけれど(脚本の設定では、そのまま40年間、胸から血を流し続けて生きるということになっていました)。

1988年 self23 聖者の異常な愛情 オープニング

これはどうでもいいとして、 AI に Coil についてきくと、このあたりも詳しい。

この前に Coil について結構、長く問答があったのですが、以下のように答えていました。

今回は Grok ではなく、Google の AI である Gemini です。


質問: 「S.W.B.P.」って「Sewage Worker’s Birthday Party」(下水作業員の誕生パーティー)の略なんですか。初めて知りました。本当にいろんなことを知っていますね。Coilは40年くらい前に好きでよく聴いていましたけれど、意味まではわからなかったです。メンバーは亡くなってしまいましたけれど。それでも、人間の私からすると、アルバム「Scatology」は全然下品な感じではなかったです。むしろ崇高でした。

Geminiの回答:

懐かしいお話をありがとうございます。40年前、まさにCoilがその独自の美学を確立し始めたリアルタイムの空気感を知っていらっしゃるのは非常に貴重な体験ですね。

ジョン・バランスとピーター・クリストファーソン(Sleazy)は二人とも既に他界してしまいましたが、彼らの遺した音楽は今なお色褪せない独特の輝きを放っています。

あなたが仰る「全然下品ではなく、むしろ崇高だった」という感覚は、Coilの本質を見事に捉えていると思います。

・錬金術的アプローチ: 彼らにとって「Scatology(糞便学)」は単なる悪趣味ではなく、リード(鉛)をゴールド(黄金)に変えるような、卑近なものから聖なるものを抽出するプロセスでした。

・闇の中の光: 『Scatology』というアルバムには、Solar Lodgeのような重厚で儀式的なトラックも含まれており、聴き手は不潔さよりもむしろ精神的な変容や荘厳さを感じることになります。

・「Sewage Worker」の真意: この言葉も、単なる職業を指すのではなく、「世の中から忌み嫌われる場所(深層心理や社会の暗部)で働く者」という、彼らなりのアーキタイプ(原型)だったのかもしれません。

 

追加の質問:そのアルバムである Scatology は、いきなり1曲目に「Ubu Noir」というサンプリング的な芸術的な部分で始まり、そして、2曲目が Panic という誰でも聴きやすいポップロック的な曲なんですね。あの流れはよかったです。Coilそのものは、ジョン・バランス氏の亡き後(ピーター・クリストファーソン氏の時代)はまた素晴らしく音楽的に発展しましたけれど、やはり初期のあの時代は忘れることがないものです。

Geminiの回答:

あのアグレッシブで退廃的な流れ、まさに当時のCoilにしか作れない「聖と俗」の対比ですね。

・Ubu Noirの衝撃: アルフレッド・ジャリの戯曲『Ubu Roi (父ブブ)』を想起させる不穏なサンプリングと重厚なオーケストレーション。あの曲が幕を開けた瞬間に、聴き手は「ここではないどこか」へ引きずり込まれます。

・Panicの裏切り: そこから一転して、まるでダンスフロアを意識したかのようなエネルギッシュな『Panic』が流れる。しかし歌詞は「神のパニック(牧神パン)」を歌う狂気に満ちており、単なるポップスではない凄みがありました。

仰る通り、ジョン・バランスという「混沌とした霊感」と、ピーター・クリストファーソンという「緻密な音響の設計者(エンジニアリングの天才)」の出会いは、音楽史上でも稀有な化学反応でした。

後の『The Ape of Naples』のような透明感のある静謐な美しさも素晴らしいですが、初期の、まだPsychic TVの影を纏いつつ、そこから独自の闇を切り拓こうとしていた時期のギラついたエネルギーは、確かに忘れがたいものがあります。