「踊れれば何でもいいのよ」
この 1999年代前後というのは、私はもう 30代中盤でしたが、街中だけを見ていても、「タガが外れている」という、一種享楽的な雰囲気に満ちていました。
華々しい女の子たちは、首や手首に何重ものネックレスやブレスレットをつけて、中には、当時「ヤマンバ」とか言われていたような、顔を黒く塗った女の子たちなんかも普通にいた時代です。
こういう時代の「乱痴気じみた享楽性」というのは、その後、十数年経ってからですが、太陽活動とある程度関係があったのだろうなとも知りました。
太陽活動が活発化しますと、暴力のほうも増しますけれど、人々の「何でもいいから楽しみたい」という欲求も最大限に達していくのです。
この 1999年は、太陽活動周期のサイクル23の活動増大期で(極大期は 2000年3月)、もう世の中は何だか暴力と享楽に満ちているような時でした。
「クラブ」文化みたいなものも拡大していた時期のようで(銀座のクラブとかの話ではなく、若い人たちが踊るほうのクラブです)、音楽もそういう方向性のものがたくさん出ていました。
ジャンルは百花繚乱で、「もう何でもいい」感じです。
以下のドリー・キャッチャーという曲もそういう時期の曲のひとつです。「踊れれば何でもいいのよ」という。
MONTPARNASSE – DOLLY CATCHER(1999)
私はクラブなどに縁がある人間ではなかったですが、人々が享楽的に熱狂する時代を見ること自体は、そんなに嫌いではなかったです。
一種、狂っていた時代でした。この熱狂は 2001年のアメリカ同時多発テロで終焉を迎えます。
太陽周期の理論に乗っ取れば、その後の数年で、こういう熱狂も驚くほど消えていくのですが(実際そうでした)、人間は、大きな括りにいつも踊らされていますよ。