最近、旧 In Deep の記事を今のサーバに少しずつ移転しているのですけれど、その中で、今日移転した 2012年の記事「1178年に「二つに割れて炎を噴き出した月」の記録(1)」というものの後半に以下のような余談が書かれていました。
2012年2月10日の In Deep より
ずいぶん前、まだ二十代の頃ですが、東京の場末にある狭い飲み屋に入った時、「この店はずいぶんと床が柔らかいなあ」と思ったら、私は床に倒れているオジサンの上に立っていたのでした(笑)。
もっとすごいのは、その踏まれているオジサンも「ん? なんだ?」とか言ってて、自分が地面に眠っていることも、踏まれていることにも気づかない。
わたし 「大丈夫ですか?」
オジサン「あれ? あんた大丈夫か?」
わたし 「踏まれてたのはそっちだっつーの」
というようなやりとりがありました。
ここには「東京の」とありますが、これは西荻窪の話なんですよね。まだ西荻に、もちろん通称ですけれど「アル中通り」という小さな通りがあった頃でした。
カウンターだけのスナックというのか小料理屋さんというのかわからないですけれど、そのようなお店がびっしりと並んでいまして、通りには、オジサンたちがあちこちで倒れたり横たわったりしているような感じの場所で。
上の引用に出てくる店は二十代後半の私が好奇心で入ったのですけれど、カウンターの後ろの通路は、その幅が 30センチとか 40センチくらいしかなく、ドアを開けて、そのまま進むしかない。そこにオジサンが倒れていても、わからないので、そのオジサンの上を歩いていくという(苦笑)。
ママさんは戦後の西荻も知っているようなお年の方でしたけれど、客は全員大変なことになっていまして、その後、ジローさんという友人を連れていったときに、大抵のことに動じないジローさんが「なあ、おい、この店出ようよ。ちょっと耐えられない」という雰囲気の店でした。
しかし、その西荻窪のアル中通りも、ちょうど、その三十数年前くらいから、店がなくなり、その通りには、若い人たちが、次々とオシャレな飲食店を出していき、今でもそうだと思いますけれど、若い男女が普通に行き来する道となっています。
グーグルマップで見ますと、以下の場所で、この通りの奥がアル中通りでした。今はオシャレなバーや飲食店が並んでいます。

手前に「らーめん」とありますが、ここは「はつね」という、昔から東京で有名店であり続けているラーメン店なのですが、実はここの主人は、私が西荻に住んでいたときに、そのマンション…というのか、集合住宅の階下に家族で住んでいまして、よく話をしていた方でした。
最初は、この店の主人だと知らなかったんですが、あるときに、会話の中で知って、
私 「え? はつねのご主人なんですか?」
彼 「ええ」
ということで、その後、ご主人は「実は今度、家を建てまして、越すことになりまして」と、わざわざ言いに来てくれて、引っ越していったのですが、全体的に粋な人でした。
それはともかく、場所を特定するのはアレですけれど、In Deep の記事にある「私は床に倒れているオジサンの上に立っていたのでした」の店のあたりは、今はこんなオシャレな感じになっているようです。このうちのひとつに、その「床にアル中のオジサンが倒れている」店がありました。

今、お店を経営されている方々も、三十数年前のあの惨状はご存じないだろうなあと思います。
このあたりは、人がよく倒れていました(寝ているだけなんですけどね)。
私は、その頃の西荻窪が好きでした。