アルゼンチン政府が 60%のインフレの中で「紙幣の印刷を停止する」と発表

 


アルゼンチン政府は、60%のインフレと戦うために紙幣の印刷をやめることを約束した

ブエノスアイレス・タイムズ 2022/08/03

Argentina pledges end of money printing to battle 60% inflation

アルゼンチンの新しい経済大臣であるセルジオ・マッサ氏は、就任宣誓の数時間後にアルゼンチンの金融危機を遅らせる計画を発表した。大臣は、インフレを遅らせるために紙幣の印刷を停止すると述べている。

セルジオ・マッサ新経済相は、暴走するインフレを助長する紙幣の印刷をやめると約束し、同国の深刻化する危機を好転させるための戦略を概説した。

マッサ氏は、アルベルト・フェルナンデス大統領から 1か月の間に 3人目の大臣として宣誓された後、経済ロードマップを展開した。マッサ氏の措置は、輸出の促進、国の財政赤字の削減、また中央銀行の準備金の減少にも重点を置いている。

マッサ氏は、今年末までに 90%に達すると予想されるインフレを抑えるという大きな課題を受け継いでいる。国際資本市場から切り離されたフェルナンデス政権は、慢性的な財政赤字を補うために紙幣の印刷に頼ってきた。

「魔法は存在しません」とマッサ氏はブエノスアイレスで記者団に率直に語った。「私たちは、決意を持ってインフレに立ち向かわなければなりません」

バングラデシュ政府がガソリン価格を50%以上の史上最大の引き上げを発表し、社会不安が広がる

 


バングラデシュは燃料価格の急上昇を発表し、インフレの懸念を煽る

ロイター 2022/08/07

Bangladesh announces fuel price jump, stokes inflation fears

石油価格の上昇を背景に、政府が史上最大の 52% もの値上げを行った後、多数のバングラデシュ人が全国の燃料ステーションを包囲した。

ロシアのウクライナ侵攻により、世界のエネルギー価格が急騰しているが、景気後退への懸念が高まる中、ここ数週間、石油価格は下落している。

バングラデシュ政府は 8月5日の深夜からガソリンの価格が 51.7%、ディーゼルが 42.5% 上昇すると発表した。

オートバイのライダーたちは、値上げが発効する前に、全国のガソリンスタンドに競って給油を試みた。一部のスタンドは販売を一時停止し、散発的な抗議行動が発生した。

デモ参加者は、この値上げは国民に不釣り合いな打撃を与えるだろうと述べた。多くのバングラデシュ人たちがディーゼルを使って輸送や農業の灌漑ポンプに動力を供給している。

バングラデシュは、ウクライナでの戦争をきっかけにエネルギー価格の上昇に見舞われており、発電所の燃料を調達するのに苦労している。

発電容量の全体の 10%を占めるディーゼル発電所は、一部のガス火力発電所と同様に停止されている。

バングラデシュでは、ここ数週間、1日最大 13時間の停電が発生している。

バングラデシュのインフレ率は 9か月連続で 6%を超えており、7月の年間インフレ率は 7.48%に達し、貧困層と中所得層の家庭に圧力をかけている。

政府は国際通貨基金に 45億米ドル (約5,800億円)を要求した、とデイリースター紙が報じた。

バングラデシュの通貨タカは、過去 3か月で対ドルで約 20%下落し、経常収支赤字は 170 億米ドル (約2兆2000億円)に達し、国の財政をさらに弱体化させている。

[酒とタバコの害について]という医療従事者の方の備忘録

 

(※)(※) 2004年の論文に「歴史におけるタバコの薬用」というものもあります。


酒とタバコの害について

Books&Apps 2022/08/03

チェーホフに「タバコの害について」という一幕ものの戯曲がある。

登場人物は冴えない中年男一人で、奥さんに「タバコの害について」という講演をして来いといわれた男として舞台に登場してくる。

氏は細君に全く頭があがらない。それで奥さんが会場にいないのをいいことに、「タバコの害」ではなく、奥さんの悪口や自分の愚痴を延々と演壇で語る。が、終わり近くになって楽屋に奥さんが来ているのに気づき、あわてて「ただ今、申し上げたように、タバコにはおそろしい毒が含まれているという事情から見て、どんなことがあっても喫煙など、いたすべきではないのであります。・・」などといって講演をおえるという話である。

わたくしも、「酒と煙草の害について」正面から論じる気はない。

ただ、なぜ現在世界中でタバコや酒、とくにタバコがかくも嫌われるようになっているのかということについて、少し考えてみたいと思っている。

まずアルコール。

昨年末現役を引退するまで50年間医療の場にいたので、一応、肝臓専門医として、時に相談をうけることがあったのが、アルコール依存症の患者さんである。典型的な場合は以下のようなケース。

患者は男性で奥さんが病院まで引っ張って来たようである。本人は項を垂れていてほとんど口をきかない。奥さんが一方的に話す。勝気そうで元気な奥様である。

そしてこういう。「この人はお酒さえ飲まなければ本当にいい人なのです!」 そうなのだろうなと思う。

この男性が酒を飲むのは「いい人」なので奥様に頭が上がらないからで、酒をのんでようやく奥様となんとか対抗している。

奥様がいう。「先生! 何とかこのひとに酒をやめるように説教して下さい!」 そんなの無理でしょ、と内心では思うが一応医者なので、「いつぐらいからこのような状態なったか? 仕事はできているか?・・」などの問診をする。

「おいしくて飲んでいるのですか?」 これに対する返答は微妙で奥さんがとなりにいては本当のことを話すわけがない。

多量飲酒であるから当然身体の検査にも異常があるわけで、血液検査をし、超音波検査などの予約をしてその場は帰す。

そして暫く通院しても(当然だが)状態はかわらないので、「やはり専門の先生にお願いしましょう」といってアルコール依存症専門の病院に紹介するのだが、半分は病院から拒否される。

「当院はやめる意志があるのだがそれでもやめられない方を対象にしているので、やめる意志がないかたはお受けしておりません!」

しかし「止める意志があるひと」についても治療成績は惨憺たるもので、アルコール依存症専門病院は、現在は若者のゲーム依存症の治療に軸足を移してきているという話もきく。しかしこの治療もまた惨憺たる成績のようである。

僅かに効果があると言われているのがアルコホーリクス・アノニマス(Alcoholics Anonymous)というアルコール症患者の自助グループで、患者同士が各々の病歴を話し合うことから時に道が開けてくることがあるらしい。

もう一つのアルコール依存のタイプとして、いわゆるキッチン・ドリンカーがあるが、これはまず病院にこない。

ご主人が原因は自分にあると自覚しているので内々に抱え込んでしまうようである。

日本はまだアルコールに寛容な国である。たとえ酒をどんなにたくさん飲んでいても仕事がなんとかまわっているうちは許容される。

しかし、一旦、仕事に支障がでてくると途端に手の平を返すように冷たくあつかわれるようになる。

そういう日本社会であるから、医療者の世界でもアルコール依存に近い方々も少なからずいらっしゃる。

わたくしの知っているある内視鏡医は検査にいく前に一杯ひっかけていく。「だって飲まないと手が震えるんですよ。」

その先生と酒の席に同席したことがあるが、一杯目はグラスが口に来ないで、口がグラスにいく。そうしないと手の震えが止まらないと、特に悪びれることなく本人がいう。

ある臨床分野ではそれなりに高名な某大学教授の机の引き出しには何本もウイスキーの瓶が入っているという噂もきいたことがある。

本人はおれの実績ではこんな地位では不満であると思っていて、それでその憂さをはらすために飲んでいるらしい。しかし、周りはあんなにお酒をのんでいるようではこの上は無理と思っている。

どの組織でも、その人の能力からみて不遇だなあ、とおもわれるひとが存在している。そういう人がたまたま酒にむかうと、ひとによってはアルコール依存にまでいってしまう。

おそらく酒はどこでもそうなのかもしれないが、人間関係を円滑にするものとして日本の企業の活動でも不可欠のものとなっていて、そのため、アルコールに対してはかなり甘い対応になっている。

それに対して非常に厳しい対応となっているのが煙草である。

会社でも、とても環境の悪い隅っこに喫煙コーナーを設け、吸うならここで吸えということになっている。

もちろんこれは日本の社会が煙草に冷たいことの反映であり、もっといえば、世界全体が煙草に冷たいことの反映でもある。

わたくしも医療関係者であるから煙草が健康にいいとは思わないが、しかしそれを承知で自己責任で吸うのであれば、あれほど肩身の狭い思いをしているのはいささか理不尽ではないかと思っている。

人は自ら不健康になる権利もあるのではないか?

誰かがいっていたが、生きていること自体が健康に悪い。ましてや、仕事をするというのはとても体に悪い。

それを何とか乗り切るために酒も煙草も利用されてきたという側面もあるのではないか?

煙草は軍隊あるいは戦争には必須であるらしい(恩賜の煙草)。

オーウェルの「カタロニア賛歌」では兵隊さんは食べ物よりも煙草を欲しがっていた。

いまのウクライナの戦場ではどうなのだろう? 健康のために禁煙が推奨されているのだろうか?

しかし、戦争自体が健康に悪い。

アメリカの人文学者R・クラインに「煙草は崇高である」であるという本がある。(太田出版 1997)

20年ほど前にはまだこんな本も出版できたわけである。

崇高というのは「質」の問題であり、健康というのは、あるいは長寿への志向は「量」の問題である。世界は着々と質より量の方向にむかっている。

現下の反=煙草の状況で生じている喫煙者いじめ的な動きからくる弊害については、反=タバコ派の方々もさすが考えているようで、そこで持ち出されてくるのが「受動喫煙」という問題である。

煙草の煙は吸っている本人以外にも周囲にいる人の健康にも悪影響をあたえるという指摘で、煙草を本人が吸っている時の高温の燃焼よりも、灰皿に置いてある煙草から出る低温燃焼の煙のほうが有害物資が多いということがいわれている。だから他人の健康のためにも煙草はやめなさい!

もちろん、これに対する反論も当然でてきて、大分古い本であるがトリトンという人が編集した「喫煙と社会 よりバランスのとれた評価にむけて」(平凡社 1987)には受動喫煙者が喫煙者より健康を害するという証拠はないと書かれている。

もっともこの本は「たばこ総合研究センターの全面的協力、援助をえて訳出された」のだそうである。

何万組かの夫婦を集め、夫妻ともに非喫煙、夫のみ喫煙者で比較し、夫が喫煙者である方が有意に妻に肺がんが多くなるというような結果がでれば、間接喫煙の問題に決着が着くのではないかと思うのだが、そういう方向の疫学的研究はあまりみないように思う。

さらに反喫煙に対して煙草会社がだしてきたのが無煙煙草で、煙草の葉を温めることで燃焼という問題を回避している。

本当の?煙草吞みは「あんなもの煙草じゃない、喫えるか!」と言って両切りのピースなどを未だに粋がって吸っているようだが、多くの煙草吞みはないよりましということで(泣く泣く?)無煙煙草に移行してきているようである。

しかしネットをみればわかるように、紙煙草が辞められないひとはせめて電子煙草へというような記事は皆無で、紙煙草より電子煙草のほうが健康にいいなどというのは嘘の皮であって、これだけの有害物質が電子煙草でも出るという方向の論一色である。

今、世界のどの医学雑誌の査読者も「煙草にはこういう利点もある」といった論文は絶対に採用しない。

むかしどこかで喫煙は潰瘍性大腸炎を改善させるという話を聞いたことがあるが、どうなっているのだろうか?

煙草に比べれば俺たちはましだな、とここまで読んで思っているお酒派の方もあるかもしれないが、今、反タバコ派を牽引している世界保健機関の偉い方々は「本丸はアルコールである。アルコールという健康に悪い飲料を世界から一掃することがわれわれの最終の目的である」と公言しているのだそうである。

アルコールはいうまでもなくそれ自体とその代謝産物が発癌物質であるから(特にもともと顔がすぐに赤くなるなど、お酒に弱いひとが頑張って吞めるようになったかたは危険)、健康を管理する団体である世界保健機構がそれの駆逐を目指すのは当然であろう。

しかしあるイギリスの作家は「もしもアルコールというものがなければ人類はとっくに滅びていただろう」といっていた。

禁煙・禁酒の問題は内科医より精神科医に相談がいくことも多いわけで、この問題に関心がある方は、精神科医・中井久夫氏の「臨床瑣談 続」(みすず書房 2009)所収の「煙草との別れ、酒との別れ」「現代医学はひとつか」なども参観していただければと思う。ここで氏は「アルコール症になる人は大真面目な人のようである」といっている。

また同書の「現代医学はひとつか」では、「祈りは、人間が万能でないことを自分に言い聞かせる意味があると私は思っている。」「宗教は時間に洗われて生き残っているものほど、医者は信用を置くしか目安がない。」などということもいわれている。

また同書の「インフルエンザ雑感」は現在のコロナ流行についても示唆に富むものと思う。

酒も煙草も、十分に「時間に洗われて生き残って」来ているとわたくしは思う。

以上ぐだぐだと書いてきたが、何をいいたいかというと、結局、今日本で(世界でも)着々と進行している「管理社会」化ということなのだろうと思う。

例えば今いろいろなところにある喫煙指定場所をみると、煙草を吸う方々はよく我慢しているなと思う。狭いところにぎっしりと詰め込まれ、ただ黙々と吸っている。相互に話をするでもなく、ただ吸っている。

これも「そんな思いをしてまで煙草を吸うこともないでしょう。もう煙草はやめましょう」という設置者の意図に素直に従ってしまっている。

作る気があれば、もっと衛生的でいい環境の喫煙所も作れるはずである。そうしないのは喫煙者に対する嫌がらせである。

性的マイノリティーの権利が声高に主張される時代に、喫煙者というマイノリティーの権利もまた尊重されるべきではないだろうか?

そして、そういう喫煙者への差別をおかしいと思わなくさせる最大の根拠が「健康」なのである。

喫煙で自分の健康を害するのは自業自得だが、他人の健康まで害することは許せない、ということである。

そう遠くない昔に専売公社が「煙草は動くアクセサリー」などというコマーシャルを流していたのが嘘のようである。

医療者は医療の進歩が長寿をもたらしたと喧伝しているが、おそらくそれは嘘で、寿命の延長は、栄養の改善が最大の原因である。

戦後すぐには医療現場の最大の問題は結核を含む感染症であった。それは貧困と低栄養がもたらす病であって、もちろん結核治療薬の出現ということもあるが、基本的に戦後の復興とともに日本人の栄養状態が改善するとともにコントロールされていくようになった。(結核症は抗結核薬が臨床の場に導入される以前から減少に転じている)

結核が後景に退くと脳血管障害が問題になってきた。

しかしこれもさらなる高栄養化で脳血管が丈夫になると減ってゆき、(まず脳出血が減り、次いで脳梗塞が減った)、あとは基本的に老化の病気である癌が残った、もしもそれが克服されれば後に残るのは老衰である。

しかし、すべての人が老衰で死ぬ社会が理想の社会なのだろうか?

日本人の死因のトップは1947~1950年が結核、51~80年が脳血管障害、81~現在が悪性腫瘍である。

これを抗生物質の出現や血圧やコレステロールの薬の進歩によるものと医療業界あるいは製薬業界は宣伝しているが、はなはだ疑わしい。

50年前わたくしが医者になったころは、血圧やコレステロールに有効な薬はほとんどなかった。

血圧についてはカルシウム拮抗剤(1990年前後)、コレステロールについてはスタチン系の薬(これも1990年前後)が出て、ようやくそれらの薬物によるコントロールが可能になった。

しかし、コレステロールのコントロールについては、事後的にみて服薬が有効であったと判断されるのは、15人に一人くらいらしい。

またわたくしが医者になったころ、高血圧とは160/100以上くらいであったが、いまは「血圧が130を超えたら」とテレビのコマーシャルなどでは言っている。

わたくしは、酒は吞むが、煙草は喫わない。

煙草については、学生時代遊びに吸ったとはあるが、ちっとも美味いと思わなかった。

しかし、酒も最初は全然美味しいとは思わなかったのにいまだに続いている。なぜなのだろう。

「酒も煙草も女も知らず 百まで生きた馬鹿がいる」という都都逸があるらしい。

わたくしは清教徒的見方というのが、どうも苦手なようである。

白河の清きに魚もすみかねて
もとのにごりの 田沼恋しき

問題はお上が禁欲しろといっているわけではないのに、勝手に下々が禁欲していることで、その片棒を医療者が担いでいるのだとしたら、大きな問題である。

しかし昨年まで一緒に仕事をしていた保健師さんは仕事熱心でとても優秀な方だったが、また極めて熱心な禁煙活動家であったし、大学同期の某先生も「禁煙学会」を立ち上げて熱心に活動されている(この「学会」は公的な学会ではなく私的な学会)。

ということで何だかもう多勢に無勢なので、ここで少し書いてみた次第である。

そういえば、チェーホフも医者だった。44歳で結核で死んでいる。
***

【著者プロフィール】
著者:jmiyaza

人生最大の体験が学園紛争に遭遇したことという団塊の世代の一員。

2001年刊の野口悠紀雄氏の「ホームページにオフィスを作る」にそそのかされてブログのようなものを始め、以後、細々と続いて今日にいたる。内容はその時々に自分が何を考えていたかの備忘が中心。
ブログ:jmiyazaの日記(日々平安録2)

メキシコで犬の人間に対しての攻撃が急増

 


メキシコシティは犬の攻撃が 19% 増加したことを記録

Mexico News 2022/08/03

Mexico City records 19% increase in attacks by dogs

メキシコシティでは今年、犬の攻撃が 19%以上増加し、100人をはるかに超える被害者が公立病院で負傷の治療を求めている。

連邦政府のデータによると、1月から 7月の間に首都で 5,665件の犬の攻撃があり、2021年の同時期と比較して 19.4%、つまり 920件の増加となった 。Milenio

入手したデータでは、141人が救急治療を受けたことを示している。そのような怪我のために病院での治療を求めた人の数は、COVID 関連の制限が多くの都市でピークに達した 2020年の 199件から、昨年 40.7%急増して 280件になった。

メキシコシティでは近年、致命的な犬の攻撃が発生している。 各攻撃にはピットブルが関与していた。

首都での犬の攻撃が増加している一方で、被害者が刑事告訴を行うことはほとんどない。今年これまでに提出された苦情はわずか 66件だった。

アラブ首長国連邦とサウジアラビアで過去数十年で最大の豪雨と洪水が続く

 


アラブ首長国連邦、サウジの雷雨:専門家がこの雨天の背後にある理由を説明

alarabiya.net/ 2022/08/03

UAE, Saudi thunderstorms: Experts explain the reason behind the GCC’s wet weather

アラブ首長国連邦では過去数十年で最も多い雨量を記録し、洪水との戦いを強いられたが、隣接するサウジアラビアでも集中豪雨と雷雨が報告された。気象の専門家が、この夏の大洪水の背後にある理由を説明した。

アラブ首長国連邦・国立気象センターのアーメド・ハビブ氏は、この地域は熱帯収束帯の季節変化として 8月の降水量増加に備える必要があると警告した。北半球と南半球の貿易風が合流する赤道近くの地域であることが、異常な夏の気候の背後にある。

ハビブ氏はまた、これはインドのモンスーンと相まって、モンスーンの雨を生み出す低気圧システムを北にシフトさせたと述べた。

「UAE、そしてオマーンとサウジアラビアの地域で私たちが現在経験していることは、インドのモンスーン低気圧と呼ばれ、海の上を東に湿った天候パターンを運び、上層大気に低圧システムをもたらし、対流雲は最終的に東部の山々を越えてUAEに移動し、雨をもたらします」とハビブ氏は語った。

現在の天候パターンの変化は正常なことだが、ハビブ氏は、この夏は、それが特に顕著であると述べた。

「私は国立気象センターで 20年間働いていますが、これほどの量の雨を見たことがありません」と彼は言う。

アラブ首長国連邦の国立気象センターは、7月には UAE で約 30年ぶりの雨天を記録したと語った。

ドイツの電気料金が昨年初めの「ほぼ8倍」に

 

(※) 8月5日に、ドイツの電力価格は 413ユーロ(約 5万6000円)を記録しました。2021年の初めは、50ユーロ以下(約7000円)でしたので、8倍に上昇したことになります。

ドイツの電気料金の推移

zerohedge.com

(参考報道)ドイツで石炭輸送のルートであるライン川の水位が「航行不能となる水準」近くまで低下

(参考報道)フランスで「川の水温が高すぎて冷却が制限される」ために原子力発電量が削減


熱波が発電を抑制している中、ドイツの電力価格は記録的な高値を記録

zerohedge.com 2022/08/06

German Electricity Prices Hit Record High As Heatwave Curbs Power Generation

ここ数十年で最悪のエネルギー危機の中で、電力会社が西ヨーロッパの電力生産量を削減しているため、ドイツ全土で電力価格が新記録に押し上げられている。

気象予報士のドイチャー・ウェッターディーンスト氏は、ドイツの熱波は 8月中旬まで続くと予測している。気象モデルによると、最高気温は 8月14日までに 35℃近くまで跳ね上がり、その後すぐに 20℃台前半から半ばまで下がる見込みだという。

さまざまな要因が重なり合い、ドイツの電力価格は新記録に押し上げられている。

理由の1つは、フランスとスイスからの輸入原子力発電のコストの上昇だ。両国の電力会社は、ここ数週間、さまざまな理由で原子力発電の出力が低下していると報告されている。

国内では、ドイツ最大の公益事業であるドイツの Uniper SE が、ライン川の水位が低いため、石炭火力発電所に燃料を供給するためのはしけによる石炭の出荷を受け取ることがより困難になっていると警告した。

発電量の減少により、ヨーロッパの電力市場が逼迫し、ドイツの電力価格は、8月5日の欧州エネルギー取引所で、メガワット時あたり 413 ユーロという過去最高値に達した。

ロシアに対する西側諸国の制裁のおかげで、欧州は数十年で最悪のエネルギー危機に見舞われており、大陸への天然ガスのノードストリーム 1パイプライン容量がわずか 20%に減少したため、発電量の減少がもたらされた 。

これにより、一部のドイツの公益事業会社は、天然ガスを燃料とする発電を、石炭とディーゼルおよび暖房用の石油発電に切り替えることを余儀なくされた。

エネルギー危機の結果は、現在の電気料金がさらに上昇することを意味するだけだろう。

ロイターによると、ドイツの EnBW の顧客は、10月1日から電力料金がさらに平均 31.1% 増加する。

8月7日は北海道の七夕です

(※) なんかちょっと、この北海道放送の記事全体がなんだか狂気に満ちていまして、ちょっと転載したくなりました。太字はこちらでしています。

「♪いか、いか、いか、いか、いか踊り!!」 ← これは何?(笑)


8月7日は北海道の七夕 「ローソク出せ!」の由来は…あの有名な青森の祭り!?驚きの調査結果が…

HBC 北海道放送 2022/08/05

7日は、北海道では七夕ですが、あなたは何を願いますか?

▽調査依頼(今日ドキッ!スタッフ・40代)
「もうすぐ七夕ですが、『ろうそく出せ!』は、どこからきたのでしょう?」

北海道の七夕といえば、まもなくやってくる8月7日が一般的。これは旧暦の7月7日ころにあたる。その七夕をひと足早く行う道南の町がある。函館だ。調査員は早速、その函館に向かった…。

「♪いか、いか、いか、いか、いか踊り!!」
「♪いか刺し、塩から、いかソーメン」
「♪もうひとつおまけに いかぽっぽ♪」

夏の函館は、この活イカのコリコリとした食感がたまらない。お腹もいっぱいになったので、さあ調査開始だ!

調査員
「やってます!やってます!こちらのお寺で七夕のイベントが行われています」

新型コロナの影響で3年ぶりの開催の七夕祭り。短冊に記す「願い事」は…。

子どもたち
「BTSに会えますように」
「警察官になりたいです」
「新型コロナがなくなりますように。どんどん広がって死んでいる人が多いからです」

そして、北海道の七夕に欠かせないのが…。

子どもたち
「竹に短冊、七夕まつり、大いに祝おう、ローソク一本ちょうだいな」

北海道の伝統行事「ローソク出せ」。函館では、「ローソクもらい」というのだが、七夕の夜、子供たちが近所の家々を歩き回り、歌を歌ってはお菓子をもらう、まるでハロウィーンの様なイベントが行われているのだ。昔は提灯片手に集めていたロウソクは、今、お菓子に変わった。

そして歌の歌詞は、地域ごとに異なり、ちょっと過激なものも…。

子どもたち
「ローソク出せ!出せよ!出さないと、かっちゃく(ひっかく)ぞ!おまけに食いつくぞ!」

では、この「ローソク出せ!」は、どこから始まったのか?1892年から続く、湯川寺(とうせんじ)、副住職は…。

湯川寺 筒井章順副住職
「函館では江戸時代後半から、ねぶた祭りの様なことが行われていて、それが始まりらしい」

え!?函館で、ねぶたの様な祭りが行われていた!?一体どういうことなのか?図書館で調べてみると…。

江戸時代の函館の様子を書いた書物、箱館風俗書を発見!

しかし…えっと…だ、だい…だい・・・なんと!全然読めないではないか!これは困った…。

そこで北海道の歴史を研究している谷本教授に読んでもらった。

北海道大学文学部 谷本晃久教授
「七夕祭、大額燈籠は、方弐間余りに、囃子屋台やうの者を、四ツ車のうへに組み立て」

それでも言っている事がわからない…。先生、何が書いてあるの~?

北海道大学文学部 谷本晃久教授
「青森のねぶたの山車みたいな物を作って、灯篭は1000ぐらい出ると書いてある。町中が灯篭で埋め尽くされるイメージ」

なんと!函館でもねぶたの様な祭りが行われていたというのだ

北海道の名づけ親・松浦武四郎が、蝦夷地の秘密情報を記した「秘めおくべし」。この書物の中にも、函館のねぶたのような祭りについて記述されている。では、ローソクの話はどこから来たのか?

北海道大学文学部 谷本晃久教授
「函館に偉い郷土史の先生がいて、須藤隆仙先生が、函館と青森の青函文化史という本を書いており、なぜロウソクをもらって歩くかというのも少し書いてあり、ねぶたには数百のロウソクが飾られていた。どうも各家を回って、子どたちがロウソクを集めて、ねぶたを飾った。それが残ったんじゃないか」

1873年、明治政府は七夕などの祭りを、旧来の悪い習慣として廃止。函館のねぶたのような祭りは廃止されたが、子どもたちのろうそくを集めて回る風習だけは残ったと考えられている。

しかし、本当に青森のねぶた祭りと関係があるのか?

名物のみそ貝焼きのにおいに誘われ、調査員は海を渡った!この時期の青森と言えば、3年ぶりの開催、ねぶた祭りの真っ最中だ!ねぶた祭りの歴史や魅力を体感できる観光施設ねぶたの家ワ・ラッセを訪ねた。

ねぶたの家ワ・ラッセ 佐々木琢也係長
「ねぶた祭りは、七夕祭りの行事の一環で…」

なにー!ねぶた祭りは、七夕祭りだったのか!8月上旬に開催されるのも、七夕のお祭りだからだ。

ねぶたの家ワ・ラッセ 佐々木琢也係長
眠気を流すための行事として始まったのが有力な説とされている」

夏の暑さで眠れず、農作業がはかどらないので、その眠気を覚ますために行われたのが、ねぶた祭り。

ねぶたの家ワ・ラッセ 佐々木琢也係長
「実は似たようなところが色々あって、昔は人形の灯篭の中に、ロウソクの明かりで灯していたので、運行中に、子どもたちが『ロウソクを出せ出せ!出せ出せ!』という回り方をしていたのが、ラッセラッセ、ラッセラー、ラッセラーという掛け声の由来だと言われている」

その掛け声がコチラ!

「ラッセラーラッセラー、ラッセラーラッセラー」

この有名な掛け声が、もともとは、ろうそく出せ!ろうそく出せ!だったのだという。

ねぶたの家ワ・ラッセ 佐々木琢也係長
「後々にろうそく出せが、いつの間にかお菓子出せ!出せ!という意味合いに変わっていった