W.B.ウェイツ『ヴィジョン』 「古代人の大周年」より

W.B.ウェイツ『ヴィジョン』- 古代人の大周年 – 四

ソクラテス前の哲学者アナクシマンドロスは、無限には二種類あるとし、一つはすべてが老いを知らず共存する無限、いま一つは継承と死滅とによる無限、これは世が世についで現れ、つねに同年数の世を繰り返す無限である。

エンペドクレスとヘラクレイトスは、宇宙ははじめ一つの形をもっていたが、やがて、それに対抗する形ができ、両者の交替がたえまなく繰り返されるのだとし、それは、たぶん、つぎのことを意味するであろうと考えた。

すなわち、全惑星が巨蟹宮の位置に並び、それら惑星の各中心と地球の中心とを結んで一本の線が引けるようになったとき、万物は火によって焼き払われ、全惑星が磨羯宮の位置に並ぶときは、水によって滅ぼされる。

この火は、われわれのいわゆる火ではなく、「天の火」、「全宇宙がはじめの根源に戻るための火」である。水もいわゆる水ではなく、自然を表す「月の水」である。

かくして「愛」と「離反」、「火」と「水」が交互に支配する。

「愛」は万象を「一」にし、「離反」は万象を分裂させる。しかし「愛」は、「離反」もそうだが、不変の永遠ではない。

…しかし、「火」の時代、「水」の時代に戻るとき、昔の同一人が復帰するのだろうか。それとも、その人に似た新しい人が到来するのだろうか。それに対する見解は人さまざまであった。

この世は極限に達したときに完全に滅びたのか、それとも新しい形態を得ただけなのか。ピロラオスは、火と水は古い形態を滅ぼして新しい形態を養ったにすぎないと考えた。

一つの世界と次の世界はとぎれなく続いたのだろうか。エンペドクレスは途中に休息の状態があると考えた。