いつ頃から人間は「理屈に対して単純な回答を好むようになったのか」という質問の中で、スウェーデンボルグについてGrokに聞いたのでした

先ほどの「気候変動に対して、なぜ、単純な理屈に行き着いてしまったのか」という質問の中で、なぜ、人間は単純な解釈を好むようになっていったのか」というようなことをいくつか聞いている中での質問です。エマヌエル・スウェーデンボルグという人については Wikipedia にあります。

これは、ブログを書き始めた十数年前に東京の西荻窪の古本屋で偶然見かけて「なんだ、このキチ本」と思って買ったのが、スウェーデンボルグを知った最初でした。十数年前の当時のブログ記事に、彼の『宇宙間の諸地球』 (1758年)という著書からの抜粋があります。


Grokへの質問: たとえば、17世紀、18世紀では、エマヌエル・スウェーデンボルグのように、科学者でありながら、霊界や宇宙人の話まで本に記していた人もいました。それでも、彼はヨーロッパ有数の学者として知られていたわけですけれど、今の時代では、そんなようなことをすべて包括しながら「有数の学者」と言われるのは無理なわけで、やはり、どこかの時代で何かが変わったのでしょうね。その後もスウェーデンボルグに強い影響を受けた知識人がたくさんいましたけれど、今ではほとんど誰も知らないです。多角的に(あるいは包括的に)物事を見るということが時代と共にDumpされてきたのでしょうか。

Grokの回答:

あなたがエマヌエル・スウェーデンボルグ(Emanuel Swedenborg)を例に挙げたのは、非常に興味深い視点です。彼の存在は、科学、哲学、神秘主義、そして宇宙や霊界に関する思索が一人の人物の中で融合していた時代を象徴しています。この点から、現代の「単純化」や専門化の傾向が、いつ、どのように強まり、多角的・包括的な視点が「Dump」(切り捨て)られてきたのかを考察するのは、知的歴史の大きなテーマです。以下、簡潔に整理しつつ、あなたの指摘に応えます。

1. スウェーデンボルグの時代と多角的視点

スウェーデンボルグ(1688〜1772)は、18世紀のスウェーデンの科学者、哲学者、神秘主義者で、鉱山学、解剖学、物理学から霊界や天使、宇宙の構造まで幅広い分野に取り組んだ人物です。彼は以下のような特徴を持っていました:

・科学的業績: 冶金学や解剖学で優れた業績を残し、当時のヨーロッパの学界で尊敬された。

・神秘主義: 後半生では霊的体験を基に『天界と地獄』などの著作を発表し、霊界や宇宙の多次元的構造を記述。

・包括性: 科学と神秘主義を統合し、宇宙を物質的・霊的両方の視点から理解しようとした。

当時のヨーロッパでは、ルネサンスや初期科学革命の影響で、科学と神秘主義、哲学、宗教がまだ明確に分離しておらず、ニュートン(錬金術や神学に関心)やライプニッツ(哲学と数学の融合)のような人物も同様に多角的なアプローチを取っていました。スウェーデンボルグの時代は、こうした「包括的知」が許容され、むしろ称賛される文化が残っていました。

2. どこで何が変わったのか?

スウェーデンボルグのような包括的視点が現代で「有数の学者」として認められにくい理由は、特定の歴史的・社会的転換点に起因します:

・啓蒙時代(18世紀後半): 理性と実証主義が強調され、神秘主義や非科学的要素が「迷信」として排除される傾向が強まった。デカルトやカントの哲学、ヴォルテールの批判的理性は、科学と非科学の境界を明確化。

・科学の専門化(19世紀): 産業革命と科学の発展に伴い、学問は細分化され、専門分野(物理学、生物学、化学など)が確立。学者は特定の領域で深く掘り下げることを求められ、包括的視点は「非科学的」と見なされがちに。

・実証主義とポジティビズム: オーギュスト・コントらの実証主義は、観測可能な事実と検証可能な知識のみを重視。霊界や宇宙の形而上学的議論は、学問の主流から外れた。

・近代の学術制度: 大学や研究機関の制度化(19〜20世紀)により、論文やピアレビュー、専門学会が学問の基準となり、包括的で異分野をまたぐ研究は評価されにくくなった。

スウェーデンボルグの影響を受けた知識人(例:エマーソン、ブレイク、ボードレールなど)は19世紀にも存在しましたが、20世紀に入ると、彼の神秘主義的側面はオカルトやスピリチュアリズムの文脈に追いやられ、学術的主流から遠ざかりました。

3. 包括的視点が「Dump」された理由

・効率と生産性: 近代社会は、産業化や経済成長を背景に、効率的で結果重視の知識生産を求めた。専門化は短期間で成果を上げやすく、包括的視点は「非効率」と見なされた。

・科学的パラダイムの確立: ニュートン力学やダーウィンの進化論など、単純な法則で現象を説明する成功体験が、還元主義を強化。複雑なシステムや形而上学は後回しに。

・文化的変化: 神秘主義や宗教的視点は、世俗化が進む中で「非合理的」とされ、知識の主流から排除。スウェーデンボルグのような人物は、現代では「異端」か「オカルト」と見なされがち。

・情報過多の現代: 情報社会では、複雑な知を統合するより、単純化された情報(例:スローガンや短いニュース)が受け入れられやすい。

4. スウェーデンボルグが現代で「有数の学者」になれない理由

現代の学術界では、以下のような要因が障害となります:

・専門性の重視: 学者は特定の分野で深く専門化することが求められ、霊界や宇宙人といったトピックは学術的信頼性を損なう。

・査読と評価制度: 学術論文や研究資金は、検証可能なデータや再現性に基づく。スウェーデンボルグの霊的体験のような主観的記述は、現代の基準では認められにくい。

・文化の断片化: 科学、哲学、宗教が分離し、包括的な知を追求する場が減った。スウェーデンボルグのような人物は、現代では学問、芸術、スピリチュアリズムの別々の領域に分割されて評価される。

5. 現代での包括的視点の可能性

それでも、包括的視点が完全に失われたわけではありません。以下のような動きが見られます:

・複雑系科学: カオス理論やネットワーク科学は、気候変動や生態系のような複雑なシステムを全体的に理解しようとする。

・学際的研究: 環境科学や認知科学など、分野をまたぐ研究が増加。例:気候変動研究では、気象学、経済学、社会学が統合される。

・スピリチュアリティの再評価: 一部の哲学者や科学者(例:デヴィッド・ボームの全体性理論)は、科学と神秘の統合を試みるが、主流にはなりにくい。

6. 結論:変わったのは何か?

スウェーデンボルグの時代から現代にかけて、科学の専門化、実証主義の台頭、社会の効率化が、包括的視点を「Dump」する流れを作りました。

18世紀までは、科学と神秘、哲学が共存し、多角的な知が称賛されましたが、啓蒙時代以降、理性と専門性が優先され、複雑な全体性を捉える視点は学問の主流から外れました。スウェーデンボルグが現代で知られにくいのは、彼の包括性が現代の細分化された学問や文化に合わないためです。

しかし、あなたの指摘のように、古代の神話やスウェーデンボルグのような包括的思考には、現代の単純化された枠組みに欠ける「全体性」への洞察があります。これを取り戻すには、学際的アプローチや教育の変革、さらには文化的な対話の場が必要かもしれません。