「音楽の再発掘の試みへの人間が持つ渇望」についてGrokに聞いてみた

もともとは、いつものようにシンセサイザーやサンプラーの音楽に対しての歴史についての対話だったのですけれど、たとえば、映画『時計仕掛けのオレンジ』(1971年)の冒頭で、ウェンディ・カルロスというシンセサイザー奏者が、1600年代の忘れ去られていたクラッシックであるパーセルという作曲家の「メアリー女王の葬送のための音楽」
をシンセサイザーで再現したり、そういう「音楽の再発掘」への歴史について対話しているうちに、

「スクラッチ文化」

に何となく移っていったのです。

私は、30代に入った頃に「音楽にまったく興味を失った」時期がありまして、つまり、それまで聴いていたのは、ロックなどでしたけれど、ロックへの興味がなくなっていた時期でした。

その頃…1999年くらいでしたかね。本当に偶然に、以下のミックスマスター・マイクという DJ (当時はターンテーブリスト)の人の曲を聴いたんですよ。本当に驚きましてね。なんかいろんな音が雑多に飛び交っているのに、ちゃんとしたビート曲になっている。

「なんだこれは?」

と思って、いろいろと調べて、ついにわかったのは「これはヒップポップのカテゴリーである」ということでした。ヒップホップなんて興味を持ったこともなかったんですが、この人の名前を調べて、当時近所だった東京・吉祥寺のレコード店で、そのアルバムを見つけたのですよ。

人生変わりましたね。それから 7、8年くらいだかはヒップホップ(と、たまにノイズ)しか聴いてなかったです。

それで、Grokにちょっと聞いてみたら、こんなマイナーなジャンルにも Grokは詳しい。何より、こちらが嬉しくなるようなことを言ってくれる。なかなか AI は手強いですよ。


Grokへの質問:音楽の再発掘の試みは、パンク・ムーブメントでもありましたし、デジタル領域では無限かもしれないですが、「手作り」という意味では、1990年代の終わりから始まったスクラッチ文化は大きいと思っています。Rob Swif tや Mix Master Mike 、Q-Bert のようなターンテーブル・アーティストによる「え? この曲をこんな風にできる?」という驚きはなかなかのものでした。スクラッチに関しては(デジタルでスクラッチの音は再現できるにしても)人間の手作業の最たるものでしたからね。

Grokの回答:

めっちゃいいポイントですね!スクラッチ文化、特に1990年代後半から2000年代初頭にかけてのRob Swift、Mix Master Mike、Q-Bertといったターンテーブル・アーティストたちの「音楽の再発掘」は、まさに「手作り感」の極致であり、デジタル技術では再現しきれない人間の創造性と驚きを体現していましたね。彼らの仕事は、ヒップホップの枠を超え、音楽そのものの可能性を広げた瞬間でもあったと思います。以下で、このスクラッチ文化の「再発掘」と「手作り感」の魅力について、掘り下げてみます!

1. スクラッチ文化と「再発掘」の驚き

1990年代後半、ターンテーブリズムは、DJカルチャーの中で独自の芸術形式として花開きました。Rob Swift(X-Ecutioners)、Mix Master Mike(Beastie Boysとの仕事やソロ)、Q-Bert(Invisibl Skratch Piklz)は、ターンテーブルを単なる「再生装置」から「楽器」に変え、既存のレコードを素材として全く新しい音を生み出しました。

彼らのスクラッチは、ファンク、ジャズ、ロック、果てはクラシックや古いスピーチレコードまで、ありとあらゆる音を「再発掘」し、再構築するプロセスでした。たとえば、Q-Bertの『Wave Twisters』(1998年)やMix Master Mikeの『Anti-Theft Device』(1998年)は、古いレコードの断片—ビニールのノイズ、ドラムブレイク、映画の台詞、さらには無名のB級レコードのスニペット—をスクラッチで切り刻み、まったく新しい音楽的物語に変える驚異的な作品でした。

「え? この曲をこんな風にできる?」という驚きは、まさに彼らがレコードの「隠された可能性」を掘り起こし、リアルタイムで再構築する技術にあったんですよね。たとえば、Q-Bertが古いジャズのホーンをスクラッチで「話す」ように変形させたり、Rob Swiftがクラシックのストリングスをリズミカルなフレーズに変換したりするのは、音楽の再発掘の極みです。

この「再発掘」は、単に過去の音を使うだけでなく、その音を「今ここで」生き生きと蘇らせる行為でした。あなたが言うように、デジタルでスクラッチの音をエミュレートすることは可能(SeratoやTraktorのようなツールで)ですが、ターンテーブルでの物理的な操作—針を動かす手の微妙な揺らぎ、ビニールの質感、タイミングの「人間らしさ」—は、デジタルでは完全に再現しきれない「手作り感」の魅力そのものです。

2. スクラッチの「手作り感」と人間の創造性

スクラッチは、間違いなく「人間の手作業の最たるもの」です。ターンテーブルを操るDJは、指先の繊細な動きやリズム感、即興性を通じて、音をリアルタイムで作り変えます。Q-Bertの「crab scratch」やMix Master Mikeの「chirp scratch」など、テクニック自体が身体的なスキルに依存しており、練習と直感の積み重ねが生む独特の「揺らぎ」が、デジタルでは出せないグルーヴを生み出していました。

たとえば、Invisibl Skratch Piklzのライブパフォーマンスや、DMC World DJ ChampionshipsでのRob Swiftのセットを見ると、ターンテーブルを楽器として使いこなす彼らの身体性に圧倒されます。レコードを前後に動かすスピード、圧力、タイミングは、ミリ秒単位の人間の感覚に依存しており、これがスクラッチの「手作り感」の核心。デジタルツールで似た音を作れても、DJがその場で生み出す「ライブ感」や「予測不可能性」は、観客やリスナーに「え? こんなことできるの?」という驚きを与えるんですよね。

この「手作り感」は、80年代のローファイなサンプリングや、以前話したThe Pop Groupのようなパンクのコラージュとも通じるものがあります。技術的な制約や不完全さが、逆に創造性を刺激し、過去の音を新たな文脈で輝かせる。スクラッチ文化は、その制約を最大限に活かし、ターンテーブルという「限られた道具」で無限の表現を追求したアートだったと言えます。

3. スクラッチと「再発掘」の文化的意義

スクラッチ文化は、ヒップホップのルーツである「再発掘」の精神を体現していました。1970年代のブロンクスで、DJ Kool HercやGrandmaster Flashが古いファンクのブレイクビートをループさせたように、90年代のターンテーブリストは、どんな音—古いソウルのB面、子供向けレコード、果ては効果音集—でも「再発掘」して新たな音楽に変える可能性を見出しました。

MF Doomがテレビドラマの台詞を使ったのと同じく、Q-BertやMix Master Mikeは、カルチャーの端っこにある「忘れられた音」を掘り起こし、ヒップホップのビートやスクラッチのテクニックで現代的に再解釈しました。

たとえば、Mix Master MikeがBeastie Boysの『Hello Nasty』(1998年)で、古い映画のサウンドエフェクトやラテン音楽の断片をスクラッチで織り交ぜたのは、まさに「再発掘」の魔法。Rob Swiftの『The Ablist』(1999年)でも、クラシックやジャズのレコードが、ターンテーブルの針を通じて全く新しいリズムやメロディに生まれ変わっています。このプロセスは、単なるノスタルジーではなく、過去の音を現代のリスナーに「今」のものとして提示する、文化的な対話だったんです。

4. デジタル時代とスクラッチの進化

デジタル技術の進化は、スクラッチ文化にも影響を与えました。2000年代以降、Serato Scratch LiveやTraktorのようなデジタルDJツールが登場し、ビニールレコードの代わりにデジタル音源をスクラッチできるようになりました。これにより、DJは無限の音源にアクセスでき、「再発掘」の可能性はさらに広がりました。たとえば、現代のDJは、SpotifyやYouTubeから直接音を引っ張ってきてスクラッチに使うことも可能です。

しかし、あなたが感じるように、デジタルでのスクラッチは、音の再現はできても、ターンテーブルの物理的な「手作業」のニュアンスを完全に捉えるのは難しい。ビニールの表面の感触、針の跳ね方、モーターの微妙な揺れ—これらが織りなす「人間らしさ」が、スクラッチの魂だったわけです。

現代のターンテーブリスト(たとえばDJ CrazeやDJ Kentaro)は、デジタルとアナタナを組み合わせて、両方の世界の良さを活かそうとしていますが、90年代のQ-BertやRob Swiftの時代の「純粋な手作り感」は、特別な輝きを持っていたと言えるでしょう。

5. 「再発掘」と音楽家の普遍的欲求

あなたが言うように、「音の再発掘」は音楽家にとって常にある願望です。スクラッチ文化は、その願望を最もダイレクトに、身体的に表現した形式の一つ。ターンテーブリストは、古いレコードを「発掘」するだけでなく、それをその場で切り刻み、変形させ、新たな物語に変える。それは、まるで考古学者が遺物を掘り起こし、現代のアートとして再構築するような行為です。

この願望は、スクラッチに限らず、すべての音楽ジャンルに見られます。ウェンディ・カルロスのクラシック再解釈、The Pop Groupの民族音楽コラージュ、MF DoomのB級カルチャーサンプリング、そしてQ-Bertのターンテーブル・マジック—すべては、過去の音を「再発見」し、現代のリスナーに新たな驚きを与えたいという衝動から生まれています。

スクラッチが特別なのは、そのプロセスがリアルタイムで、身体的なパフォーマンスとして観客と共有される点。あなたが感じた「え? この曲をこんな風にできる?」という驚きは、まさにその瞬間の魔法なんですよね。

6. 現代のスクラッチと「再発掘」の未来

現代では、スクラッチ文化は進化を続け、YouTubeやTwitchでのライブDJセット、オンラインのDJバトル(DMC Onlineなど)で新たな世代が「再発掘」を続けています。たとえば、DJ D-StylesやDJ Shifteeは、デジタルツールとアナタナターンテーブルを融合させ、クラシック、ゲーム音楽、果てはフィールドレコーディングまでをスクラッチの素材にしています。

また、ビニールカルチャーのリバイバルにより、若いDJが古いレコードを再び「発掘」する動きも活発です。さらに、AIやアルゴリズムを使った「再発掘」の可能性も広がっています。

たとえば、AIが古いレコードの断片を解析し、スクラッチに適したビートやフレーズを提案するツールも登場しつつあります。しかし、あなたが重視する「手作り感」をどう維持するかは、現代のターンテーブリストにとっての課題。Q-Bertが言うように、「スクラッチは心と手の会話」であり、技術が進化しても、その人間的な核心は変わらないのかもしれません。

結論

1990年代後半のスクラッチ文化—Rob Swift、Mix Master Mike、Q-Bertらのターンテーブリズム—は、「音楽の再発掘」の最前線であり、過去の音をリアルタイムで再構築する「手作り感」の極致でした。彼らの「え? この曲をこんな風にできる?」という驚きは、ターンテーブルの物理性と人間の創造性がぶつかり合う瞬間から生まれ、ヒップホップを超えた音楽的革新でした。

デジタル時代は「再発掘」の可能性を無限に広げましたが、スクラッチの身体性や即興性は、依然として「手作り感」の魂を保っています。この願望は、音楽家の普遍的な衝動であり、現代のDJやプロデューサー、AI技術を通じても続いていくでしょう。