「EU離脱を後悔」 – 人手不足、光熱費1000%上昇…止まらない英国の衰退
Newsweek 2023/02/13
ブレグジットから3年が経過した英国。間違いを認めない政治家によって、ますます悪化する英経済。自ら招いた暗い未来について
あの店も閉店か──。町の中心部で、店の窓が白いペンキで塗られていく。近くの店では、家族連れが毛布を大量に買い込んでいる。フードバンクは大行列だ。パブは閉店時間が早くなり、まるまる休業する日も増えてきた。
ここはイングランド北西部の田舎町ペンリス。寒くて、惨めで、数え切れないほどの問題にがんじがらめになった町だ。2月は例年よりも一段と寒くなると予想されているが、暖房も入れられないなか、人々の暮らしは一体どうなってしまうのか。
ほとんどの店が、週に数えるほどの日しか営業しておらず、営業日も午後4時には閉まってしまう。創業25年の人気パブや、18年前からある食料雑貨店も閉店した。安売り衣料品店さえも、売り上げが半減したため店を畳んだ。
サプライチェーンの問題でスーパーマーケットには、空っぽの棚が目立つ。卵がない。ジャガイモがない。Wi‐Fiも入らない。
筆者はこの1年ロシアの侵攻を受けたウクライナで取材活動をしてきたが、ミサイルが降ってくる危険を別にすれば、ウクライナのほうがペンリスよりもよほど仕事をしやすい環境だった。
今年はマイナス成長へ
イギリスは多くのトラブルに見舞われている。コロナ禍の余波、インフレ、エネルギー危機、生活費の高騰、交通機関や病院のスト、食料不足、貧困と格差の拡大、ウクライナ戦争の影響、そして忍び寄る不況の影。問題は大きくなる一方のように見える。
どうしてこんなことになったのか。「犯人」はたくさんいるが、最大の原因はブレグジット(イギリスのEU離脱)と劣悪な統治だろう。
2016年にブレグジットを問う国民投票が行われたとき、離脱派は、EUから「主導権を取り戻す」と主張したものだ。
だが、IMFが1月末に発表した世界経済見通しによると、イギリスは今年、主要国で唯一マイナス成長に陥るとみられている。戦争にかかりきりで欧米諸国の経済制裁を受けているロシアよりも、成長の見通しは悪い。
20年1月31日にEUから正式に離脱してから3年、イギリスは一体何の主導権を取り戻したのか、多くの人が考えあぐねている。
ブレグジットにより、国内外の企業では事務作業やコストが大幅に増えた。貿易障壁の復活で輸出入は急激に落ち込み、投資も減った。労働力が不足し、物価が上昇した。
英政府の財政運営を監視する予算責任局(OBR)によると、長期的にはイギリスのGDPはブレグジットによって4%落ち込む見通しだ。総生産額は毎年1000億ポンド、公的収入は400億ポンドずつ減っていく計算だ。
ロンドンは世界有数の金融センターだったが、ブレグジットにより、金融業界の専門職はごっそりパリ(とヨーロッパの他の都市)へと移住していった。このためヨーロッパの金融の中心というシティーの座は危うくなっている。海外直接投資も、10年から21年にかけて4%減った。
だが、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の報告書によると、長期的に見てブレグジットの最大の打撃を受けるのは家計だ。イギリスでは19年からの2年間で、食品価格が平均210ポンド(約3万3000円)上昇した。その痛みは低所得者ほど大きくなる。
一方、1707年からイギリスの一員であるスコットランドは、イギリスからの独立を問う2度目の住民投票の準備をしている。2016年のブレグジットを問う国民投票で、スコットランドでは有権者の62%がEU残留を希望したのだから無理もない。
16年当時、イギリス全体では52%が離脱を支持したが、今は違う。調査会社ユーガブの最近の調査によると、EU離脱は正しかったかとの問いに対して、イエスと答えた人はわずか34%で、54%がノーと答えたのだ。
それなのに、EU離脱を推進した保守党は政権を握り続けており、相変わらずブレグジットこそが成長への道だと主張している。野党の労働党も、ブレグジットが英経済にマイナスの影響を与えることを、公には認めていない。
光熱費が1000%上昇
だが、ブレグジットで出稼ぎ労働者が激減したことにより、イギリスでは33万もの人手不足が起きている。そのほとんどが運輸業、倉庫業、接客業、小売業の仕事だ。イギリス社会に欠かせないパブもピンチに陥っている。
低価格で人気のパブチェーン「ウェザースプーン」の創業者であるティム・マーティンは、16年にEU離脱を猛烈に訴えた有名人の1人だった。だが、32店舗もの閉店に追い込まれた今は、EUからの出稼ぎ労働者を増やすよう政府に働きかけている。もはや皮肉を通り越して、茶番だ。
伝統的に保守党が強いペンリスでも、16年は離脱支持が53%に達した。そして今、商店や企業の88%が人手不足に陥っている。イギリス人は接客業に就きたがらないからねと、あるバーの店員は語った。ずいぶん前から、こうした低賃金の長時間労働は、出稼ぎ労働者が担っていたのだ。
人手不足に苦しむ店に、燃料費の高騰が追い打ちをかけた。ペンリスにあるメキシコ料理店は昨秋、光熱費が1000%上昇するという見積もりを事業者から受け取った。
過去10年近く国外で仕事をしてきた筆者にとって、母国の衰退ぶりは衝撃的だ。本稿も、カーディガンを重ね着し、毛布にくるまりながら書いている。なにしろ自宅の暖房を数時間入れただけで、10ポンド(約1580円)もするのだ。
物価は高騰しているのに、賃金はほとんど上がらないことに抗議して、鉄道から郵便局、国民保健サービス(NHS)までが代わる代わるストライキをしている。このため救急病棟でさえ、待ち時間が12時間を超えることもある。
交通機関の運賃が大幅に引き上げられたため、ペンリスからバスで40分ほどの大きな町ケズウィックまで買い物に行こうにも、往復24ポンド(約3800円)もかかる。ちなみにイギリスの最低賃金は、1時間10ポンド程度だ。
イギリスを破綻させたのはブレグジットだけではない。だが、過去100年で最悪の生活水準の低下とされるものを目の当たりにすると、ブレグジットが不要だったことは明らかだ。
長期的な影響はさておき、人々は今、より貧しく、より惨めになり、イギリスは世界から孤立している。最悪なのは、イギリスがそれを自ら招いたことだ。