「聞き取り困難症」というものだそうです。初めて知りましたが、文字の読み書きが困難なディスクレシアというものがあるのですから、聴覚にもあるのでしょうね。本人は大変だと思います。
「物理の先生の声だけ、聞いたそばから消えていく」訴える女子高生、信じられないテスト結果に焦り 聞こえるのに聞き取れない、100人に1人が該当するかもしれないある症状
共同通信 2022/11/06
物理の先生の声だけが聞き取れない — 兵庫県内に住む中村知子さん(17)=仮名=は高校に入学した直後の2024年4月、自身の聞こえ方の異変に気付いた。両親や友人、他の先生の声は聞き取れる。しかし、物理を担当する50~60代の男性の先生だけ声が聞き取れなかった。
中村さんは話す。「先生の声だけ、聞いたそばから消えていくような感じだった」
それは「音は聞こえるのに、言葉としては聞き取れない」という症状。海外の研究によると、同様の傾向がある人は人口の1%に上る可能性もあるが、日本では2024年3月に「診断の手引き」がようやく作られたばかりのものだった。

取材に応じる兵庫県の高校2年中村知子さん(仮名)。聞き取り困難症と診断された
聞こえているけど、聞き取れない人たち
高校で“異変”に直面した中村さん。教師の声は、聞こえるときもあるが、判別できるのは声のトーンや大小だけで、意味ある日本語には聞こえなかった。
物理は授業についていけず2学期の期末テストでは100点満点でわずか2点。中学まで学年でトップ5の常連だった中村さんには信じられない結果だった。焦りが募った。
「どうしよう。でもどうにもならない」
そんな頃、インターネットで自分によく当てはまる症状を発見。サイトにはこう書いてあった。
「聞き取り困難症(LiD)」
LiDは英語で「聞き取り困難」を意味する「リスニング・ディフィカルティーズ」の頭文字だ。「聴覚情報処理障害」を意味するAPDという名称もあるが、最近は国際基準がLiDという呼び方になってきている。
LiDは聴音検査は正常なのに、騒音や早口、複数人での会話などが聞き取れない。脳で言葉を処理する時に何らかの障害が起きると考えられているが、詳しい原因は分かっていない。
症状も人によってさまざまで、周囲の環境によっても聞こえ方は変わる。例えば、周囲の騒音が混ざって聞こえてしまう人や、会話の一部が虫食いのように欠けて聞こえる人、中村さんのように物理の先生だけ聞こえなかったように、特定の声色が難しいという場合もある。
中村さんはその後、母親に相談し専門機関を受診。LiDだと診断された。
「耳がおばあちゃん」。でも授業は限界に…
実は中村さんはそれまでも言葉が聞き取りにくいと感じることが時々あった。ただ友人との会話がほとんどで、そのときは聞き返せば良かった。何人かと話しているとき、自分だけ話題に取り残された事もあったが、そのときはこう言って笑いながらごまかした。
「私の耳、おばあちゃんやから」
中村さんにとって、物理の先生の声は特に聞き取りが苦手な声質だったようだ。
先生の声にすごく集中して聞くとなんとか理解できるときもあった。でもそうなると板書は全くできない。宿題のプリントや教科書で補うにも限界があった。
「プライバシーの侵害になる」と拒否
LiDは症状が進行することはないとされるが、明確な治療法もない。そのため、聞きやすい環境をつくるなど、「上手につきあっていく方法」が重要になってくる。
例えば、周囲の騒音を押さえるノイズキャンセリング機能がついたイヤホンの使用。会話の邪魔になる騒音を減らすことで聞きやすさが向上するという。会話を文字起こしアプリで文章化する方法も有効的だ。
機械を使わずとも、ゆっくり話をしたり、目を見て話しかけたりするだけでも、いきなり話される場合よりも聞き取りやすいという。
中村さんは2024年11月、高校に授業を録音して文字起こしアプリを使いたいと願い出た。しかし、高校の対応は期待していたものとは違った。担任の先生にこう告げられた。
「授業を録音すれば他の生徒の質疑応答も記録される。これはプライバシーの侵害になるから応じられない」
5カ月がかりの説得
中村さんは粘り強く高校の説得を始めた。母親と2人でLiDの症状や対処法、文字起こしアプリの仕組みなどを何度も説明。教育委員会にも足を運んだ。
かかった時間は約5カ月。次第に先生たちも理解をしてくれ、専門医の書いた記事や動画で自らLiDを学んでくれるようになった。そして授業の録音と文字起こしアプリの使用が認められた。
2025年3月、物理の授業で文字起こしアプリを使った中村さんは驚いた。
「先生の声が頭の中に入ってくる!」
物理の授業が始まってから約1年。初めて授業をきちんと理解できた。しかし中村さんは理解が進まなかった5カ月間をこう振り返る。
「LiDの知名度が低いのと、私が一見しては障害があるようには見えないからだったと思う。私のように困っている人は他にもいるはず」
「前例ない」のは当たり前
LiDの当事者たちは2018年ごろから日本各地に当事者会を立ち上げて症状の啓発や相談を行ってきた。
近畿LiD/APD当事者会代表の渡辺歓忠さんは憤る。「役所や学校はとにかく前例を重視する。しかしLiDは昨年診断基準ができたばかり。前例がないのが当たり前なのに」
全国には当事者や親の会が10あり、互いに連携して相談に当たっている。渡辺さんも2018年にLiDと診断を受けた当事者だ。
理解されない – 2割が同様の経験
症状が理解されない人は他にもいるのではないか。共同通信は2025年3月、全国の当事者会などと協力してLiDを自覚する人やその家族147人に調査をした。
するとこの1年以内に、全体の2割に当たる29人が同じような経験をしていたことが分かった。内訳は職場が14人で、学校が13人だった。
障害者差別解消法では、申し出に応じて負担が重すぎない範囲で生活上の困り事や障壁を取り除く「合理的配慮」の提供を国や自治体、民間事業者に義務付けている。
毎年、GW後に急増する相談者
渡辺さんは話す。「就職して初めて気付く人も多い。4月に入社して上司や先輩から『覚えが悪い』『話を聞いていない』などと怒られる。調べる中でLiDを知るという流れだ」
当事者会への相談は毎年大型連休明けが最も多い。月平均約30件が、100件ほどになるという。連休中にインターネットでLiDを知り、直後に相談してくる。学生まではなんとかなっていた人が就職のタイミングで自覚するケースが多い。
ただし課題もある。LiDを診断できる医療機関がまだ少ないことだ。そのため本人が自覚してから診断書を得るまでさらに数カ月かかる。
「その間もLiDによる問題は毎日起き続ける。その中で仕事を辞めたというケースもあった」(渡辺さん)。
特別扱い、ではなく
共同通信の調査では、そもそも配慮を願い出ることで不利益を被ると懸念する人が全体の50%を占めた。自由記述には、症状を明かすことで解雇の懸念や重要な仕事を任されなくなる恐れ、いじめに遭う可能性などを訴えるものが少なくなかった。
渡辺さんは続ける。「合理的配慮の申し出は特別扱いの希望ではない。LiDの人は、常に健聴者よりスタートラインが後ろの状態でレースに参加しているようなもの。このスタートラインを少しでも健聴者に近づけてほしいだけだ」
「LiDは100人に1人いるとされる症状なので、あなたの隣にも悩んでいる人がいる。配慮を求められたら拒否ではなく、まず『あなたにはどんな聞こえ方をしているの』と尋ねてほしい。拒否ではなく、対話で臨んであげてほしい」