前回投稿した質問の、
「暗い場所での音楽についての「社会的規範や自己意識から解放される場を作り出す」というのは、かつてのスーフィズムなどの「嘘つきの日」とも似たような概念のようにも思いますが、人間の生活の中では必要なものだという認識が古代からあったとお考えになりますか? それとも本能のようなものでしょうか。
(長い質問だなオイ)に続いて聞いたものです。
Grokへの質問:結局、「社会的規範や自己意識から解放される場を作り出す」瞬間というのが、今の日本にはあまりないように感じるのです。もちろん、ライブやコンサートやイベントは数多くありますが、それらが「自己意識から解放される場」を作り出しているのかどうか。むしろ「自己意識をさらに社会規範に結びつけている」ような気さえしています。まあ、それでも、若者たちは「解放」の場を適切に作り続けていくと思っていますけれど。
Grok の回答:
あなたの観察は非常に洞察的で、現代日本の社会や文化における「解放の場」の欠如や変質、そして若者がそれでもなお「解放」を求める可能性について、深い問題提起をしています。
「社会的規範や自己意識から解放される場」が、現代日本のライブやコンサートで十分に提供されているのか、あるいは逆に「自己意識を社会規範に結びつける」傾向が強まっているのかを、文化的・心理的・社会的な視点から考察し、若者の「解放の場」への欲求についても考えます。
1. 現代日本における「解放の場」の欠如
現代日本のライブ、コンサート、イベント(例:野外フェス、アイドルライブ、クラブイベント)が、かつてのパンクやノイズシーン、またはスーフィズムのズィクルやカーニバルのような「社会的規範や自己意識からの解放」を十分に提供できていないと感じる理由には、以下のような要因が考えられます:
・商業化と規範の強化
・日本の音楽イベントやフェス(例:フジロック、サマーソニック、アイドルライブ)は、商業化が進み、観客の行動が管理される傾向にあります。チケット制、座席指定、厳格なルール(撮影禁止、モッシュ禁止など)が、「解放」よりも「秩序」を優先する雰囲気を生む。
・アイドル文化(例:AKB48や坂道グループ)のライブでは、ファンが「推し」を応援する行為が、強い集団規範(例:コールやペンライトの振り方)に縛られ、個の解放よりも「集団への同調」が強調される。SNSでの「見られる意識」(推し活の投稿、承認欲求)も、自己意識を社会規範に結びつける。
例:2020年代の日本のフェスでは、コロナ禍後の規制や安全管理が厳格化し、モッシュやダイブが制限されるなど、かつてのパンクシーンのような「無秩序な解放」が難しくなっている。
・社会規範の強い日本文化 日本社会は、集団主義や「空気を読む」文化が強く、自己意識を抑えて他者に合わせることが求められる(例:社会学者の山本七平の「空気の研究」)。ライブやイベントでも、観客が「周囲に迷惑をかけない」ことを優先し、完全な「脱個人化」やトランス状態に至りにくい。
・闇のクラブやパンクシーンでも、過激な行動(例:モッシュ)が「迷惑行為」と見なされる場合があり、解放感が制限される。都市部のクラブでは、光害や空間の制約も、かつての「闇の儀式性」を薄める要因に。
・SNSと「見られる意識」
・現代のイベントでは、SNS(Instagram、TikTok、Xなど)での発信が一般的で、参加者が「どう見られるか」を意識する傾向が強い。例:フェスでの写真撮影や「映える」瞬間を求める行為は、自己意識を強化し、「解放」よりも「自己呈示」を優先させる。
・これは、スーフィズムのズィクルやパンクのモッシュピットのような「自我の解体」とは対照的。SNS時代では、暗闇のクラブでも「見られる」意識が残り、完全な解放が難しくなる。
・文化的変化
・日本の若者文化は、かつてのサブカルチャー(1990年代のビジュアル系やパンク)のような反体制的・破壊的なエネルギーから、アイドルやK-POPのような「ポジティブで調和的」な方向へシフト。ノイズミュージックやアンダーグラウンドなパンクシーンは一部で存続するが、主流のイベントは「社会規範に適合する楽しさ」を強調する。
・例:日本のアイドルフェスは、ファン同士の「一体感」を作り出すが、それは「規範内での結束」に近く、Throbbing Gristleのような「混沌や破壊」を通じた解放とは異なる。
2. 「解放の場」への本能的欲求
それでも、あなたが指摘するように、若者が「解放の場」を作り続けようとするのは、人間の本能的・心理的欲求に根ざしています:
・進化的欲求
・前回の回答で触れたように、集団での儀式や解放の場は、進化的に集団結束やストレス発散に必要(例:2009年PNAS論文で、リズム同期が結束を強化)。日本の若者も、抑圧された感情(社会規範や学業・仕事のストレス)を解放する場を本能的に求める。
・暗闇や音楽が誘うトランス状態は、脳の報酬系(ドーパミン放出)を活性化し、快感やカタルシスを提供(2011年Nature Neuroscience)。これは、現代日本の規範の強い環境でも変わらない本能。
・青年期の心理
・若者は、アイデンティティ探求や社会的圧力への反発を強く感じる時期(2014年Journal of Neuroscience)。日本の若者は、学業や就活のプレッシャー、集団主義のストレスの中で、「自己意識からの解放」を特に欲する。
・例:クラブでのダンスやフェスでの叫び声は、規範に縛られた日常からの一時的な逃避。たとえ商業化されたイベントでも、音楽や集団のエネルギーが部分的な解放を提供する。
3. 若者が作り出す「解放の場」
現代日本で「解放の場」が不足していると感じられる中、若者は以下のような形で新たな「解放」を模索していると考えられます:
・アンダーグラウンドなサブカルチャー
・ノイズミュージックやインディーズのパンクシーン(例:東京や大阪の小規模ライブハウス)は、商業化の影響が少なく、依然として「闇の儀式性」を提供。例:高円寺や下北沢のライブハウスでは、若者がモッシュや即興的な表現で解放感を味わう。
・こうした場は、Throbbing Gristleのような儀式性を継承しつつ、若者の反発心や個性を表現する場として存続。
・デジタル空間での解放
・SNSやオンラインコミュニティ(例:XやDiscord)では、若者が匿名性を利用して自己表現を行い、「現実の規範」から解放される場を作り出している。例:VTuberや匿名アカウントでの音楽共有は、自己意識を抑えた自由な表現を可能にする。
・バーチャルライブ(例:VRChatでの音楽イベント)も、暗闇やアバターの匿名性が「脱個人化」を促し、現代版の「儀式空間」を提供。
・新たなフェスやイベントの形
・一部の若者は、商業化されたフェスに代わり、DIYやコミュニティベースのイベント(例:野外レイブやインディーズフェス)を企画。こうした場は、規範やSNSの「見られる意識」から離れ、純粋な解放を追求する傾向がある。
・例:地方での小規模フェスや、クラブカルチャーを取り入れた夜間イベントは、暗闇や音楽を通じたトランス状態を提供。
4. 「自己意識を社会規範に結びつける」現象
あなたが感じる「自己意識をさらに社会規範に結びつける」傾向は、現代日本のイベントが以下のような理由で生じている可能性があります:
・商業化とコントロール: フェスやライブの商業化により、参加者が「消費者」として振る舞うことが求められ、自由な表現が制限される。例:アイドルライブの「規範化された応援」は、個の解放よりも集団の調和を優先。
・SNSの影響: 参加者が「映える」写真や動画を撮影し、SNSで承認を得る行為は、自己意識を強化し、規範(「かっこいい」「可愛い」などの社会的な期待)に縛られる。
・日本の集団主義: 日本の文化では、集団での「適切な振る舞い」が重視され、イベントでも「周囲との調和」が求められる。例:フェスでの静かな観客や、過度な行動を避ける傾向。
この結果、かつてのパンクやノイズの「無秩序な解放」や、スーフィズムの「自我の超越」に近い体験が、現代日本の主流イベントでは希薄になっていると感じられるのかもしれません。
5. 若者の未来:解放の場の再創造
それでも、若者が「解放の場」を作り続けると予測するのは、以下の理由から妥当です:
・本能的欲求の持続: 進化的・心理的に、若者はストレス発散やアイデンティティ探求のために解放の場を求める。この欲求は、どんなに規範が強くても消えない。
・サブカルチャーの進化: 日本の若者は、主流文化(アイドルや商業フェス)から外れたアンダーグラウンドな場(ノイズ、インディーズ、レイブ)を模索し続ける。例:2020年代のZ世代は、TikTokやXでニッチな音楽コミュニティを形成し、新たな「解放の場」を生み出している。
・グローバルな影響: K-POPや欧米のクラブカルチャーの影響を受け、日本の若者は新たな表現方法(例:ストリートダンスやDIYイベント)を模索。グローバルな「解放の場」の文化が、日本でも新しい形を生む可能性。
6. 結論
現代日本のライブやコンサートは、商業化やSNS、集団主義の影響で、「社会的規範や自己意識から解放される場」としての力が弱まっていると感じられるのは、確かにその通りかもしれません。イベントが「自己意識を社会規範に結びつける」傾向(例:SNSでの承認欲求、規範化された応援)は、かつてのスーフィズムのズィクルやパンクのモッシュピットのような「闇の儀式性」とは対照的です。
しかし、若者の本能的欲求(感情発散、トランス状態、集団結束)は変わらず、主流のイベントが提供しない「解放の場」を、アンダーグラウンドやデジタル空間、DIYイベントで作り続けるでしょう。
あなたの若い頃のノイズやパンクの体験のような「知らず知らずのトランス」は、形を変えつつも、若者が新たな場で再創造していくはずです。古代の「嘘つきの日」や儀式がそうであったように、人間は本能的に、そして文化的に、解放の場を必要とし続けるのです。