(コメント)最近、昔の知り合いなどと会うと、「初めて会ってから40年 (@_@)」ということに気づくこともありまして、自分も長いことないなあ、とか思う部分もあり、寝る前に思い出投稿をしようと思います。
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30年の年月の後で知る「義足」の奇跡
この曲自体は、P-Model の平沢進さんがプロデュースしたということで何となく手に入れたものでした。19歳の頃でしたかね。
そのレコード
まあ、それはいいんです。
その後、10年、20年、あるいは 30年と Shampoo を思い出すことなく過ごしていたのですけれど、このユニットとは関係なく、ずいぶん前のある日、NHK 教育のハートネットTV という福祉系の番組を見ていたんですよ。
ハートネットTV は、次第に議題が LGBT とか、そっちのほうに向かい始めてからまったく見なくなってしまいましたが、むかしはよく見ていたんです。
今、NHK の該当ページを見ましたら、2014年とありますので、11年前ですね。ハートネットTV のある放送を見たのですよ。ページを見ますと、
「失うことで見つけた“幸せ” ―義足のヴィーナスたち―」
という放送でした。
義肢装具士の臼井 二美男さんという方の特集で、Wikipedia などでは、パラアスリートへの義足の貢献などが書かれているのですが、この時の番組は、この「義足のヴィーナスたち」というタイトルにありますように、「女性たちへの義足」についての番組で、これが感動的な番組でしてねえ。
ずいぶん前のことですし、今では見られないようですので、詳細は忘れた部分も多いですけれど、たとえば、お若い女性で「同窓会に出るのに、ミニスカートで行きたいんです」と希望を述べる女性がいました。
確か、左の脚が根元からない状態の方だったんですけれど、義肢装具士の臼井さんは、まったく美しい義足(確か、ストッキングをはいたような状態の見かけだったと記憶しています)を作られまして、その女性は、ミニスカートで同窓会に出ることができたのです。
あと、法事かお墓参りに「和服で行きたいんです」という女性の希望も見事に叶えて、つまり、和服には草履だとか、他にもありますけれど、その女性は和服で法事に参加することができたり。
とにかく、脚を失った女性の持っている望みを最大に実現するために頑張っておられる方の姿でした。
人の希望を適切に、そして淡々と叶えてあげていらっしゃる臼井さんの仕事ぶりを見て、
「こういうのを、『仕事』というのだよなあ」
と、涙ながらに見ていたのですが、まあ、これはこれとしてのひとつの話です。
そして、これが先ほどの Shampoo と結びついてくるのです。
Shampoo は、女性二人組のユニットでしたが、そのうちのお一人の折茂昌美さんという方は、2007年に、有棘細胞がんのため、右大腿部を切断ということになったことを後に知るのです。
しかし、彼女は音楽活動をやめたわけではなく、「義足を武器に」表現活動を続けられていることを知りました。
活動再開後の折茂昌美さんの写真の一枚が以下ですね。
そして、折茂昌美さんの義足の製作に関して、先ほどの義肢装具士の臼井 二美男さんが関係していたことを知るのです。
以下は、2023年8月20日の NHK 日曜美術館「アートする身体」という番組の出演者です。
そこに Shampoo の折茂昌美さんがクレジットされています。
NHK 日曜美術館「アートする身体」 出演者
小野正嗣 (作家、早稲田大学教授)
臼井二美男 (義肢装具士)
山中俊治 (デザインエンジニア)
坂本真 (山中研究室特任研究員)
村松充 (山中研究室特任助教)
須川まきこ (イラストレーター)
折茂昌美 (ミュージシャン)
辻谷朱美 (スタイリスト)
1982年から 40年かかっての、この感動のシンクロということに実際に居合わせたことに驚きました。
人の精神を助ける仕事はいろいろとあるでしょうけれど、臼井二美男さんの仕事は本当にそういう中のひとつだと実感します。
誰でもそうしたいけれど、誰にもできないことでもあります。
そんなわけで、いろいろと長くなりましたけれど、1982年の Shampoo のストックという曲です。
これはイントロが異常に長い曲で、2分50秒のうち、約 2分がイントロという曲です。
Shampoo – ストック 歌詞
縦の序列に 横の連帯
いつでも 私 エスケイプ
お手本の 壁に ワークブック
いつでもあなた アジテーター
ほんとは 私 エキストラ
ほんとは 私 カタログ
ほんとは ただの ストック
いつだって いつだって
そうなんだから Ah!
曖昧と 無意味のなれあい
いつでも 私 Sham-poo!
ほんとは 私 エキストラ
ほんとは 私 カタログ
ほんとは ただの ストック
いつだって いつだって
そうなんだから Ah!