
先日、「三十数年前まであった西荻窪のアル中通りを思い出す」というような記事を書いたのですが、二十代の終わり頃ですか、私はその通りがわりと好きで、たまに行っていたんですね。
何しろ、なんというか…お客さんがいい人ばかりなんです。
どの店にも若い人なんていませんので、一応二十代(後半でしたが)だった私が行くと、お客さんが歓迎してくれるんですよ。
「よー、あんちゃん、また来たか」
とか。
それでも、確かにいろいろな人はいて、あるお店に入った時に、カウンターの一番奥に座っていた男性のお客さんが、笑顔で何かを言ってきてくれるのですが、その言葉が、
「アワ、アワアワアワ、アワアワアワ」
というようになっていて、日本語になっていない。
身なりはちゃんとした人で、背広にネクタイをしていました。
ただ、言葉だけが、
「アワ、アワアワアワ、アワアワアワ」
と、日本語になっていないのです。
私が対応に苦しんでいると、高齢のママさんが、
「この人ね、お酒入ると、こうなっちゃうの。昼間はちゃんと働いているんだけどね。でも、いい人だから」
と言います。
私 「ああ、そうですか。えーと…」
その男性「アワ、アワアワアワ、アワアワアワ」
私 「えーと…ああ…」
その男性「アワ、アワアワアワ、アワアワアワ」
なかなか難しい世界だなと思っていましたら、そこに男性のお客さんが入店してきました。
50代くらいの人でしょうか。
私の右隣のカウンターに座りまして、「お? 初めての人かい?」と私に言ってきます。
私 「ええ、まあ」
その人「よーし、じゃあ、あんちゃんに一杯おごってやろう」
私 「いや、いいです、いいです、そんなことは」
その人「まあまあ」
とか話していますと、先に店にいたお客さんから「ひゅー♪」とかいう歓声が飛ぶのでした。
店のお客さん「こいつはよ、今度結婚すんだよ」
私 「ああ、ご結婚ですか。おめでとうございます」
その人「いやいや」
店のお客さん「それも若い姉ちゃんとなあ」
私 「ああ、それはうらやましいですね」
それから、何となく話になっていくうちに、この話には暗澹とした部分が含まれていることを知るのです。
その人「フィリピンのな、女の子でな」
私 「ああ、お相手はフィリピンの方ですか」
その人「知り合って、すぐにさ、結婚しようとか言われてさ」
私 「じゃあ、もうご一緒に暮らしているとか?」
その人「うーん、まあ…。そのうち一緒には住むけど、まだ今はな」
私 「そうですか」
その人「いやなんか、どうせならフィリピンに家を建てて、家族みんなで住もうって言うんだよ」
私 「お相手のご家族と。大勢で暮らすのいいですよね」
その人「それでまあ、今、フィリピンで家を建ててるんだよ」
私 「ああ、そうですか」
その人「まあ、なかなか良い土地がなかったみたいで、時間がかかったんだけど、今はもう建築してるらしい」
私 「…らしい? 現場に行ってないんですか?」
その人「まあ、フィリピンのことはフィリピン人のほうが詳しいしな。俺は金だけ彼女に渡してさ」
私 「…お金ですか?」
その人「あっちは家が安いから。それでも〇〇〇万円くらいは渡した」
私 「そう…ですか」
その人「なんか、建てるのに時間かかっているみたいだけどな」
私 「どのくらい経つんですか?」
その人「もう1年くらいかな」
私 「……」
その人「あの国は工事とか遅いらしいんだよ」
私 「じゃあ、相変わらず現地は見に行っていないんですか?」
その人 「それがさ、彼女が『来ないで』って言うんだよ」
私 「なぜですか?」
その人「完成した立派な家を見せて驚かせたいとか言っちゃってね」
私 「……」
その人「その間にも、壁やら内装やらで、追加の料金がかかったって言って、その後もずいぶん送金したけどな」
私 「……」
その人「たださ、最近、彼女と連絡が取れないんだよな。まあ、あの国は通信事情も悪いからな」
私 「……しばらく音信がないのですか?」
その人「まあ、最近はないな」
私 「どのくらい経つんですか?」
その人「もう何ヶ月だろう」
私 「……」
店の人「……」
私 「……」
実は、その人も、何となく自分の状況は理解しているようで、何となく無言になっていました。
そして、カウンターの奥を見ると、先ほどの背広の男性が、やはり、
「アワ、アワアワアワ、アワアワアワ」
と言っています。
人生って、いろいろと大変だなと勉強した日でした。
その店を出た後、普通の沖縄料理店かなんかに行って、健全に飲んで、その日は終わりました。