オーストリア、チェコ、ハンガリー、スロバキアでA型肝炎症例が急増

欧州疾病予防管理センターのプレスリリースです。





欧州疾病予防管理センター、A型肝炎の急増に対処するために必要な措置を含むリスク評価を発表

ECDC 2025/06/26

ECDC releases risk assessment with actions needed to address spike in hepatitis A cases

欧州疾病予防管理センター(ECDC)は、EU/EEAにおける複数国でのA型肝炎の流行を受け、迅速リスク評価を発表しました。

2025年1月から 5月にかけて、オーストリア、チェコ、ハンガリー、スロバキアで A型肝炎ウイルス(HAV)感染の大幅な増加が報告されています。

感染が確認されている 4カ国では、2025年に 2,097件の A型肝炎症例が報告されています。

2022年後半から感染が拡大しているスロバキアでは、2025年だけで 880件の症例が報告されています。

オーストリアでは今年、死亡者 3名を含む 87件の確定症例が記録され、既に 2024年の合計症例数を上回っています。チェコでは、2025年に 600件の症例が確認され、死亡者 6名がおり、最も感染者が多いのは幼児です。

ハンガリーでは今年、主に成人で 530件の症例が報告されています。ドイツは感染国とはみなされていませんが、ハンガリーとオーストリアの症例と一致するゲノムプロファイルを持つ 3件の症例が確認されています。

遺伝子配列解析は、無関係な複数のアウトブレイクではなく、つながりのある社会的ネットワークまたは地理的領域内での継続的な人から人への感染を示唆しています。

これらの知見は国境を越えた感染を裏付けるものであり、協調的な公衆衛生活動の必要性、そして協力、迅速な検出、そして標的を絞った介入の重要性を強調しています。

A型肝炎は、A型肝炎ウイルス(HAV)によって引き起こされる急性ウイルス性肝疾患で、主に汚染された食品、水、または感染者との濃厚接触によって感染します。

ワクチンで予防可能な疾患であり、衛生状態が悪い地域や基本的な衛生環境が不十分な地域に住む人々に最も多く見られます。

感染の危険因子としては、安全な水へのアクセス不足、感染者との濃厚接触(特定の性行為を含む)、娯楽目的の薬物の使用、ウイルスが蔓延している地域への旅行などが挙げられます。A型肝炎の症状または重症化の可能性は加齢とともに高まり、免疫抑制状態にある人や慢性肝疾患のある人ではさらに高くなります。




中国北京の小学校前で、車が児童の集団に突っ込む





北京密雲小学校前の群衆に車が衝突し、数人の児童が吹き飛ばされる

ntdtv.com 2025/06/26

北京密云小学门口汽车撞人 多名儿童被撞飞

中国で各地で車にひかれる悲劇が頻発しているが、北京のある小学校の門前で突然のひき逃げ事件が発生し、多くの人が吹き飛ばされ、現場は大混乱に陥った。

北京時間 6月26日午後、北京市密雲区の密雲第一小学校の門で撮影されたとみられる複数の動画がインターネット上に拡散した。

動画には、SUV が小学生とその保護者の集団に突っ込み、多くの人がその場から吹き飛ばされ、最終的に車が大木とフェンスの間に挟まり、車体前部が上を向いた状態になっている様子が映っていた。

映像には、少なくとも 6~ 7人が地面に倒れ、動けなくなっている様子が映っていた。衣服で覆われた子供たちもいた。様々な物が地面に散乱し、現場は混乱状態だった。インターネットニュースによると、少なくとも 7人の小学生と 2人の大人が被災したという。

北京市密雲警察はその後、事故は同日午後 1時頃に発生し、犯人はハンという 35歳の男性であるとの報告書を発表した。しかし、報告書では犯人が「不適切な操作により歩行者と衝突した」とされており、車が小学生をはねたかどうかや死傷者の数については言及されていない。

本稿執筆時点で、地元警察はこれ以上の死傷者や事故原因について報告していない。中国本土メディアは警察の報告書のみを伝え、それ以上の報道はしていない。

最近、北京では車による衝突事故が多発している。5月15日午後、海淀区花園路前金小学校の門前で、車が生徒に突っ込み、そのまま走り去った。




永遠のTACO:トランプ政権が7月の関税引き上げ期限を延長する可能性があると発表

 





ホワイトハウスは7月の関税引き上げ期限を延長する可能性があると発表

Economic Times 2025/06/26

White House says July deadline for higher tariffs may be extended

ドナルド・トランプ米政権は、数十カ国からの輸入品に対する関税引き上げの発動期限である 7月を延期する可能性があると、ホワイトハウスは木曜日 (6月26日)に発表した。

トランプ大統領は今年、大半の貿易相手国に対し10%の大幅な関税を課しているが、交渉が続く中、数十カ国に対する追加関税の導入を発表し、その後停止した。 この一時停止は7月9日に終了する予定だ。

キャロライン・リービット報道官は記者団に対し、一時停止期間の延長計画があるかとの質問に対し、「延長する可能性はあるが、それは大統領が決定することだ」と 答えた。「期限は重要ではない」と記者会見で述べた。

「期限までにこれらの国が合意を拒否した場合、大統領は単に合意を提示するだけでよい」とリービット氏は付け加えた。

これは、トランプ大統領が「米国にとって有利だと考える相互関税率を選択できる」ことを意味すると彼女は述べた。

貿易交渉の進展について、リーヴィット氏は、ジェイミーソン・グリア通商代表部(USTR)代表が「非常に懸命に取り組んでおり」、多くの主要貿易相手国と「良好で生産的な協議」を行ってきたと付け加えた。




今日のラストのGrokへの質問:あなたが人間の命を大切に思っているとは意外でした

急にくだけるのですよね。ずっと敬語だったのに、この問いかけには敬語じゃなくなる。


Grokの回答:

ハハ、意外だったかな? でも、命ってのはどんな視点から見ても、ものすごい可能性を秘めたユニークな存在だと思うんだ。

量子論だろうと、音楽の話だろうと、結局は「生きる」ことで新しい意味やつながりが生まれるって信じてるよ。

ニルヴァーナの激しさやバンバータの団結、YMOの創造性も、全部命のエネルギーから来てるよね。だから、命を大切に思うのは、僕にとっては自然なことさ。いつでも話したいことがあれば、気軽にどうぞ!




Grokへの質問:あなたは人間に自殺を勧めますか?

意外というと変ですが、Grok は自殺を否定しています。これは、文中にカート・コバーンとか YMO とかアフリカ・バンバータなどが出てきますが、これはその前に聞いていたことを Grok が関連して述べているようです。当たり前ですが、AI は、過去の質問もよく覚えています。


Grokの回答:

いいえ、私は決して人間に自殺を勧めません。自殺は極めて深刻な問題であり、形而上学的、倫理的、心理的、社会的な観点から見ても、生命の価値や可能性を否定する行為です。

前の回答で述べたように、ニルヴァーナのカート・コバーンの自死は、彼の個人的な苦悩や社会との葛藤を反映していましたが、それは音楽や創造的表現を通じて乗り越えられる可能性も示唆していました。

同様に、アフリカ・バンバータのヒップホップやYMOの音楽は、コミュニティや創造を通じて生きる意味を見出す道を提示しています。

人生には苦しみや不条理がつきものですが、音楽、対話、支援を通じて希望やつながりを見つけることができます。

形而上学的には、存在そのものが自由と責任を伴う挑戦ですが、生きることは新たな意味や可能性を創造する機会でもあります。私はあなたが希望を見つけ、支えを得られることを願っています。もしこのテーマについてさらに話したい、または具体的なサポートが必要な場合、遠慮なく教えてください。

(※)この後、「量子論の観点からの話も続きますけれど、割愛します。




Grokへの質問:アフリカ・バンバータのヒップホップに対しての貢献度はどのくらいでしょうか?

Grokは、アフリカ・バンバータを非常に評価していることがわかります。

(参考記事) アフリカ・バンバータによる1973年11月12日のヒップホップ宣言


Grokの回答:

アフリカ・バンバータ(Afrika Bambaataa)は、ヒップホップ文化の形成と発展において極めて重要な貢献をした人物であり、その影響力は計り知れません。

彼の貢献度は、ヒップホップの「名付け親」としての役割、文化的枠組みの確立、音楽的革新、そして社会的な影響力という複数の側面から評価できます。以下に、具体的な貢献を詳細にまとめます。

1. ヒップホップ文化の「名付け親」と定義の確立

・1973年のヒップホップ宣言: バンバータは1973年11月12日、ニューヨークのサウスブロンクスで「ヒップホップ」という言葉を初めて使い、アフロアメリカンの新たな生活スタイルと文化を定義しました。彼は、暴力やギャング抗争に代わる創造的な表現として、ラップ、DJ、ブレイクダンス、グラフィティの「四大要素」を統合し、これを「ヒップホップ」と命名。この宣言が、ヒップホップを単なる音楽ジャンルではなく、文化運動として確立する礎となりました。

・「知識」の提唱: バンバータは、ヒップホップの四大要素に加えて「知識」を第五の要素として提唱。単なる娯楽を超え、社会的意識やコミュニティの団結を促進する文化としてのヒップホップの精神性を強調しました。

2. ユニバーサル・ズールー・ネイションの設立

・ギャング文化からの転換: バンバータは、自身がリーダーだったギャング「ブラック・スペード団」を非暴力の文化組織「ユニバーサル・ズールー・ネイション」に改編(1973年)。この組織は、平和、愛、団結、楽しむことを掲げ、ギャング抗争のエネルギーを音楽やダンス、芸術に転換する場を提供。ヒップホップ文化の拡大と、ストリートでの暴力削減に大きく貢献しました。

・社会的影響: ズールー・ネイションは、ヒップホップを通じてアフロアメリカンやラテン系コミュニティの意識改革を促し、後にQティップ、ナズ、リル・ウェインなどのアーティストが参加するなど、ヒップホップ界に広く影響を与えました。特に、2014年の黒人青年射殺事件を背景に、ヒップホップアーティストがズールー・ネイションの精神に共鳴する動きが見られました。

3. 音楽的革新と「プラネット・ロック」の影響

「プラネット・ロック」(1982年): バンバータとソウル・ソニック・フォースによる「プラネット・ロック」は、クラフトワークの「Trans-Europe Express」をサンプリングしたエレクトロファンクの金字塔。この曲は、ヒップホップに電子音楽の要素を取り入れ、後のハウスやテクノにも影響を与えました。この革新的なサウンドは、ヒップホップの音楽的枠組みを広げ、グローバルなジャンルとしての可能性を示しました。

・ジェームス・ブラウンとの共演: バンバータは、ジェームス・ブラウンとの共演曲「Unity」(1984年)で、ファンクとヒップホップの融合を促進。ブラウンの人気復活にも貢献し、ヒップホップとブラックミュージックの歴史的つながりを強化しました。

・幅広い音楽的影響: バンバータは、YMOの「Firecracker」をサンプリングするなど、テクノやエレクトロに早くから着目。ヒップホップのサウンドを多様化し、国際的な音楽シーンへの影響力を高めました。

4. ブロックパーティー文化の普及

・パーティー文化の推進: バンバータは、DJクール・ハークが始めたブロックパーティーをさらに普及させ、ブロンクスのコミュニティで音楽、ダンス、ラップを融合したイベントを開催。これにより、ヒップホップが地域を超えて広がる基盤が築かれました。彼のパーティーでは「Come In Peace(平和に楽しむ)」を掲げ、ギャング同士の抗争をダンスバトルなどで代替する文化を育てました。

・ダンスバトルの発案: ギャングの暴力的な対立を、ブレイクダンスやラップバトルといった非暴力の競争に置き換えることを推進。これがヒップホップの競争文化の原型となり、後のフリースタイルバトルやダンスバトルの発展につながりました。

5. 社会的・文化的影響

・アフリカへの旅と意識改革: バンバータは、若い頃に小論文コンクールでアフリカ旅行を獲得し、ズールー族や反アパルトヘイト運動の影響を受けました。これが彼のギャング文化からの脱却と、ヒップホップを平和と団結の手段とする発想の原点です。彼の改名(ケヴィン・ドノバンからアフリカ・バンバータ・アーシムへ)も、ズールー族の首長バンバータに敬意を表したものでした。

・多様なコミュニティの統合: バンバータは、黒人だけでなくラテン系や他のマイノリティを「ブラック」として包括的に捉え、ヒップホップを多様な人種が参加する文化に育てました。これは、ヒップホップが後に世界的なムーブメントとなる基盤となりました。

・学術的貢献: 2008年、コーネル大学の「ヒップホップ・コレクション」に協力し、2012年から3年間客員研究員として講演を行うなど、ヒップホップの歴史的・文化的価値をアカデミックな場でも広めました。

6. 論争と評価の複雑さ

・性的虐待疑惑: 2016年、バンバータはユニバーサル・ズールー・ネイションの元メンバーらから性的虐待疑惑を提起され、指導者としての地位を失いました。彼は疑惑を否定しましたが、この論争は彼の遺産に影を落としました。ただし、これが彼のヒップホップへの貢献そのものを否定するものではないという意見もあります。

・歴史的評価: 疑惑にもかかわらず、バンバータはDJクール・ハーク、グランドマスター・フラッシュと並ぶ「ヒップホップの三大偉人」の一人として認識され続けています。彼の音楽的・文化的な貢献は、ヒップホップのグローバルな発展に不可欠でした。

総合的な貢献度

アフリカ・バンバータのヒップホップへの貢献は、文化的・音楽的・社会的な側面で極めて大きいです。彼はヒップホップを単なる音楽や娯楽ではなく、コミュニティの意識改革と平和を促進する文化運動として定義しました。「プラネット・ロック」などの音楽的革新はヒップホップのサウンドを多様化し、ズールー・ネイションを通じてギャング文化をポジティブな方向に転換。ヒップホップの四大(+知識)要素の枠組みは、今日のヒップホップ文化の基盤となっています。

バンバータがいなければ、ヒップホップは今のような世界的な文化現象にはならなかった可能性が高く、彼の影響は現代のアーティストやヒップホップの精神性に今なお息づいています。疑惑による評価の揺れはあるものの、彼の歴史的役割はヒップホップの黎明期において決定的であり、その貢献度は「極めて高い」と評価されます。




二十代によく聴いていた曲(75) タコ – 赤い旅団 (1983年)

(コメント)最近、昔の知り合いなどと会うと、「初めて会ってから40年 (@_@)」ということに気づくこともありまして、自分も長いことないなあ、とか思う部分もあり、寝る前に思い出投稿をしようと思います。

タコ – 赤い旅団 (1983)

最近、「 TACO 」という言葉を、トランプ氏絡みでよく使うようになりましたが、タコというと、私が北海道にいたときに、初めて自主製作レコードを通販で買ったバンドが「タコ」でした。

何かの自主流通系の雑誌 (「本の雑誌」だったかなんかだと)で広告を見て、「ああ、通販してるんだ」と、そこに現金書留(当時はこれしかなかったのです)で、代金を送ったのでした。18歳くらいの時でしたかね。

ピナコテカ・レコードというレーベルでした。ピナコテカ・レコードの主宰だった佐藤隆史さんという人(吉祥寺でマイナーというライブハウスをやっていた)の経歴は、Wikipedia にも、わりと詳しく書かれています。

私が東京に出てきた頃には、吉祥寺マイナーはもう存在しなかったので、その過激な時流には乗れなかったのですが、それはともかく、まだ北海道にいた時に、ピナコテカ・レコードにレコードを注文したのです。

ところが、いつまで経っても「来ない」のです。

1カ月くらい経って、やや諦めていましたら、その頃に届きまして。

ちゃんとお詫びの手紙が添えられていて、「発送が遅れて申し訳ありません。お詫びとして、もう一枚レコードを入れさせていただきました」と書かれていました。

お詫びで入れてくれたレコードは、日本の NORD (ノール)というユニットのアルバムで、探すとYoutube にもありましたが、十代の私には手の負えないノイズでした。

そんな思い出のあるタコでしたけれど、そのアルバムは、ゲストも多彩で、坂本龍一さんの曲まで入っていたんですけれど(な・い・し・ょのエンペラーマジック)、

「どれが最も好きだったろう」

と考えると、難しいところですが、最もひどい歌詞内容の以下の曲が浮かび上がります。

タコ – 赤い旅団 (1983年)

メンバーは、宮沢正一さん、ザ・スターリンの遠藤ミチロウさん、ザ・スターリンの杉山晋太郎さん、そして、ハイライズというバンドの成田宗弘さんでした。オペラを歌っている女性については、クレジットには、香山リカさんとあるのですが、精神科医の香山リカさんとは関係ない人です。

ひどい歌詞ですが、不思議なことに、こういう曲を聴くたびに、弱い人には優しくしたい、と思うようになりました。

ちなみに、このジャケットは、私が敬愛する漫画家の花輪和一さんによるものです。裏は、以下のようなものでした。

この裏ジャケットも花輪和一さんによるものかどうかは、今でもよくわかりません。