「2023年8月11日はヒップホップ誕生50周年」という記事を見て、「いやそれは 11月12日だから」と思ったり

 

米ゼロヘッジの記事に「昨日8月11日はヒップホップ50周年だった」とありました。

リンクされているページを見てみましたら、DJ のクール・ハークという人がターンテーブルで演奏した日がこの 1973年の8月11日で、この日がヒップホップの誕生日ということになっているようです。

しかし、「文化のしてのヒップホップ」が生まれたのは、これと同年の1973年ではあっても、アフリカ・バンバータ(本名:ケヴィン・ドノバン)が、「ヒップホップ宣言」をおこなった、1973年11月12日だと私は確信します

アフリカ・バンバータ

 

もう十何年前の記事だかわからないですけれど、ずっと以前に書いた以下の記事に詳細があります。

覚醒の文化 ヒップホップ Vol.1 – アフリカ・バンバータによる1973年11月12日のヒップホップ宣言

ニューヨークのストリートギャング団のボスだったケヴィン・ドノバン氏(当時十代)が、「文化としての」ヒップホップの創始者となるまでを書いています。

1973年11月12日に以下の宣言をニューヨークでします。

 

「私たちアフロ・アメリカン(アフリカ系アメリカ人)はこれからアメリカで新しい生活スタイルとカルチャーを持つ。私はそのカルチャーを”ヒップホップ”(Hip Hop)と呼ぶことにした。我々黒人は意識改革をしなければならない。暴力のエネルギーをカルチャーに向けるのだ」

 

以下は、2002年のドキュメンタリー映画「Scratch」で当時の様子を語るアフリカ・バンバータの姿です。

まあ、その後、ヒップホップは他の音楽ジャンル同様に商業主義に巻き込まれて現在に至るわけですけれど、このような「たった一人」でカルチャーが変わるものなんだなとは思いました。