小説『イルミナティ』(1975年)- 女神エリスを演じる女優

小説『イルミナティ』(1975年)第十のトリップより

 

それから数日ほど、サドとマゾッホは議論をかさねた。

神は男か女か。神は性の区別があるのか中性か。神は実在物か動詞か。R・バックミンスター・フラーは本当に実在していたのか、それとも技術主義という太陽神話だったのか。人間の言語ははたして真実を内包できるのか。

名詞、形容詞、副詞 …… 発話のあらゆる部分 …… のいずれも、女にとっては意味を失いつつあった。なにしろ二人のピエロが存在論や認識論をひっきりなしに論じているのだ。

一方で、女はエリスという名前に反応するだけでなく、振る舞いまでエリスらしくしても、もはや報いられることはなくなっていた。

エリスとは、父権社会にひたったユダヤ人なみに母権社会にひたっている人々にとっての、専制的でいくぶん風変わりな女神なのである。

またハグバードは、ほとんどマゾヒズムに入りこんでしまいそうなくらい、ひどく従順になっていた。「こんなの馬鹿げてる」女はそう反発したことがある。

「あなたはまるで……女々しい男になったみたいじゃない」

「エリスが……自分自身を〈調整する〉こともある……わたしたちに呼びだされた後で、現代風の礼儀作法に合わせるかもしれない」ハグバードは穏やかな調子でいった。

そして、「まず最初に、彼女をここにつれてこないといけないんだよ、姫君」最後はおもねるように付け加えた。

「どうしてあなたが、こんなことに女優を選ばないといけなかったのか、ようやくわかってきたわ」数日たってから女はいった。それは演劇界で女がいくらか余分な報酬を得た後のことだ。

そもそも、女はエリスを演じているうちに、自分自身がエリスであるかのように感じはじめていたのだ。