小説『イルミナティ』(1975年)より
「われわれみんなが何らかの形で、彼らのために働かされているのではないかと思えることもあるが……」ジョーは、あえてあいまいな発言をして、カートライトがどちら側の人間か見極めようとした。
「そうとも、働かされているんだ。人類の団結を乱すような行動はどんなことも、イルミナティの役に立つ。連中は大勢に苦しみや死をもたらす実験で永遠に社会を揺さぶりつづけるつもりだから。例えば 1904年6月15日に起こったジェネラル・スローカム号の水難事故がいい例だ。ところで、19と 4を足すと 23になることに気付いたかね」(略)
…「ともかく、イルミナティがジェネラル・スローカム号の事故でためそうとしたのは、新しく、経済的な方法で超越啓明を獲得すること……数千人ではなく、たった数百人規模の死でまかなえる方法で」
「とはいえ、イルミナティの望みは抑圧されてきたイルミナティ本来の目的に起因するのかもしれん。元来は善意のものだったんだからな」
「そうなのか?」とジョー。「善意の目的とは?」
「三万年前、天変地異によってアトランティス大陸と最古の文明が滅んだあとに、人類の知識を保つこと」
「天変地異?」
「ああ、アトランティス大陸がちょうど太陽に面していた時、太陽フレアが起こった。最初のイルミナティは太陽フレアを予想した科学者たちだったのさ」
「予想はほかの科学者たちから一蹴され、それで自分たちだけで逃げ出したのだよ。初期イルミナティの博愛精神に代わって、後継者たちはエリート主義者の態度をとるようになったが、善意の目的はイルミナティ内部に起こる派閥という形で繰り返し現れては、分派となって離れていった」
…「分派は伝統的なイルミナティの秘密主義を守ってきたが、本家の破壊的な性質を覆そうとした。ムンムの正当なる古代人は1888年に本家から追い出された」
…「だが、最も古いイルミナティ秘密結社はエリス解放戦線で、現在の文明が始まる前に袂を分かっている。それから、ディスコルディア運動……分派の一つだが、イルミナティに劣らずたちが悪い。アイン・ランドの信奉者とサイエントロジーの信者をかけあわせたようなものだよ。そこには、ハグバード・セリーンという親玉がいてね」
…「聞いたことはないだろうが、それというのも世界中の政府が手出しできないほど恐れているからさ」(略)
…「合衆国政府も愚かなことをしたものさ。潜水艦に原子力爆弾を積むだけでは満足できなかった時期があったんだな。別の種類の武装もすべきだと考えた……細菌兵器だよ」
「…炭疽菌タウと呼ばれることもある。セリーンがそれを海中にまけば、一週間以内に全人類は滅亡する。どんな生物でも媒介してしまうんだから。ただ、一つだけいいこともある。死を免れないのは人間だけだ」
…「いってみれば、地球にとっては一からやり直せるのかもしれない。人間が核戦争を起こしたり、公害で惑星全土を破滅させてしまうようなことがあれば、どんな生物も生き残れないんだ。セリーンが炭疽菌をばらまいたとしても、それはそれでいいのかもしれん。最悪の事態は防げることになる」
「人類が滅亡するなら、それでいいなどと考えるのは、いったいどういうことだ?」ジョーはいった。
「命だよ」カートライトは答えた。「言ったじゃないか、すべての命は一つのものなんだ」