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成人式の日に思う、かつての日本は、「女性のいる日常の風景」が花だったこと

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今日(1月13日)、外を歩いていたら、若い女性が、お美しい振袖のようなものを来て静々と歩いてきました。

「へえ、きれいなもんだなあ」

と見ていましたが、「今日なんかあんの?」と考えているうちに、「ああ、成人式だな、おそらく」と思いました。

私の住んでいる近くに成人式の会場があったようで、その後も、たくさんの振り袖の女性たちとすれ違いました。

女性がこのようなあでやかな着物を着て歩く姿というのは、「花が歩いている」という状況そのものなんですけれど、ふと江戸時代の日本を思ってみますと、

「その頃は、日常がずっとこうだったんだよなあ」

と思い至ります。

現代の服というのは、特に冬などは女性でも黒基調のものが多いですが、江戸時代や明治時代のさまざまな写真や絵画を見ますと、

「若い女性たちは、常に花のように自分を飾り立てていた」

ことがわかるのです。

以下は、1897年頃に撮影された日本の風景です。モノクロに彩色したものですが、彩色は当時の日本人が行っていまして、ほぼ忠実な色彩だと思います。

女性が写っているものを何枚かピックアップします。

1897年頃の日本の風景より

京都のお茶屋にて

人力車で移動する女性たち

小唄の稽古をする女性たち

これは、英国に残っている資料集にある写真の一部ですが、写真に出てくる若い女性たちで、地味な服装をしている人は「ひとりもいない」のです。

みんな花のような、あるいは色の華やかな着物を着ている。

これが、日本の街を華やかにしていたのです。

明治時代初期などに、日本にやって来た外国人たちも、この「日本の女性たちの魅力」に驚いていたようで、さまざまな記録が残っています。

ドイツの使節団の一員として1860年に初めて日本にやってきて、その後、駐日ドイツ公使をつとめたブラントという人は、自伝に、

「ムスメは日本の風景になくてはならぬもの」

と書き残しており、

「日本の風景の点景となり、生命と光彩を添える」

とも書いています。

ちなみに、この「ムスメ」は日本語の娘ですが、あっという間に外国語としても使用されるようになったようです。

明治政府から勲章を授与されたデンマーク海軍のエドゥアルド・スエンソンという人は、『江戸幕末日記』という著作に以下のように記しています。

日本女性は男たちの醜さから程遠い。

新鮮で色白、紅みを帯びた肌、豊かで黒い髪、愁いをふくんだ黒い瞳と生き生きした顔は、もう美人のそれである。

彼女たちを見ていると、愛欲過剰な日本の男の気持ちがわかり、寛容になってしまう。

かつての日本は、ただ暮らしているだけで、女性が風景を光り輝かせていたことが、当時の外国人たちの記録で鮮明にわかるのです。

今日の成人式の華やかな光景を見ながら、「むかしは毎日こうだったんだよあ」と、何とも複雑な気分になりました。

かつては「黒い服」などは、少なくとも女性は喪くらいでしか着なかったと思いますけれど、今はその黒がとても多いです。そのため「花の国」から「喪の国」というような感じへと変わっていってしまったのかもしれないですね。




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