「日記」カテゴリーアーカイブ

二十代ではないけれど強烈に好きだった曲たち:カジモト – カモン・フィート (2000年)

Quasimoto – Come on Feet (2000)

私は三十代の中盤くらいに唐突にヒップホップというものに興味を持つのですが、あまりにもいろいろとある世界で戸惑いながらも興奮していたものでした。

そんな中でも、情緒的にショックを受けた曲が、カジモト (Quasimoto)という人のカモン・フィート、という曲でした。以下はプロモです。

カジモトは、マッドリブという人の別名で、いわゆる…ラップといっていいのかどうかは不明ですが、MC の入っている曲のヒップホップをたくさん聴いたのは、この人が最初くらいですかね。

この人と共同プロジェクトをしていた MFドゥーム (MF Doom)という人の曲もよく聴きました。以下はその MFドゥームの曲のひとつです。

こういう、ちょっと考えられない才能がヒップホップの世界にあるというか、広がっているんだなあと知ったのは、すでに三十代の中盤でしたけれど、ジャンルってのは関係ないですね。強烈な個性や才能がある人は、どんなジャンルにもいます。

音楽はジャンルじゃないよなあと、この頃改めて思いました。

もちろん、人気とか評価も関係ありません。




米インディアナポリスの空に出現した乳房雲

 

写真では乳房雲は何度か見たことがありますが、動画だと迫力がありますね。

以下は、2018年9月22日にアルゼンチンのブエノスアイレスで撮影された乳房雲です。

2018年9月22日 アルゼンチン・ブエノスアイレス近郊

earthreview.net




「ソーシャルメディアは私たちの脳をハッキングしている」と述べるスウェーデンの精神科医

(参考記事)フェイスブックやインスタグラムを含むSNSが、「人間の心理学的な脆弱性を悪用する」意図で設計され、「いかに子どもの脳を破壊しているか」が元CEOより暴露される
In Deep 2017年11月10日





専門医:ソーシャルメディアは私たちの脳をハッキングしている

nyadagbladet.se 2025/05/17

Specialistläkaren: Sociala medier hackar våra hjärnor

ソーシャルメディア大手企業にとって、ユーザーは顧客ではなく、製品そのものであり、最も重要なのは、どんな犠牲を払ってでもできるだけ長く私たちの注意を引き続けることだ。

これは精神科専門医のアンダース・ハンセン氏が述べていることであり、同氏は TikTok を「私たちの脳が目をそらすことができない情報を生み出す」プラットフォームの例として挙げている。

スウェーデン国営放送局 SVT で、彼はソーシャルメディアを使用するとユーザーの脳に何が起こるのか、そしてコンテンツの多くが実際どれほど有害であるのか、特に若いユーザーにとってどれほど有害であるのかを説明している。

「私たち人間はどんな犠牲を払ってでも集団に属したいと望んでいます。それは純粋な生存です。私たちは常に自分自身に問いかけます」

「私はグループにとって十分に良い人間だろうか? 私は十分に美しいだろうか? 十分に賢いだろうか? 十分にスリムだろうか? 一日に2〜3時間このような状態になると、私たちは自分は十分ではない、十分ではないと感じてしまうのです」

「私たちの脳では、これは生命を脅かす状況として認識されており、そのため私たちはそれについてとても悪い気分になるのです。そして、それについて何かをしようとして、例えば自分自身を飢えさせようとする人もいます」

「…これらは、私たちの中に深く根付いた生物学的メカニズムであり、この極めて先進的で洗練されたテクノロジーによってハッキングされるのです」

 

「企業は気にしない」

実際、ほとんどのプラットフォームでは、子どもや若者に減量のヒントや同様の痩せの理想を伝えることは禁止されていますが、それでも非常に一般的なコンテンツだ。

摂食障害は多くの原因が考えられる複雑な病気だが、ハンセン氏によると、2010年以降西側諸国全体で摂食障害がほぼ倍増していることは無視できない。そして、これはまさにソーシャルメディアで強調された理想によるものである可能性が高い。

「企業はあなたが歪んだ自己認識を持っていることを気にしません。彼らはただあなたから一秒一秒を搾り取りたいだけなのです。よく考えてみれば、自分の中の反逆者を呼び覚ますことができれば、企業に時間を奪われないようにできるかもしれません」

TikTok が最もわかりやすい例として挙げられているが、Instagram Reels (Meta)、YouTube ショート (Google)、Snapchat Spotlight など、同様の方法で運営されている競合サービスが今日では多数存在する。




猫に学ぶ取捨選択の岐路

なんか、この猫の気持ちもわかります。

Google AI が語る取捨選択の意味

「取捨選択」とは、多くの物の中から、取るべきものと捨てるべきものを区別し、必要なものを選び取ることを指します。ある基準に基づいて、必要なものを取入れ、不要なものを捨て、選び抜くことを意味します Google AI




PTSDに対する「眼球運動による脱感作および再処理法(EMDR)」の効果について

私は知らなかったのですが、EMDR とは以下のような治療法だそうです。

EMDRは、「眼球運動による脱感作および再処理法」の略称で、特に心的外傷後ストレス障害 (PTSD)に対する有効性で知られている比較的新しい心理療法。PTSDを始めとして、パニック障害、恐怖症、強迫性障害などへの適用も報告されている心理療法であるWikipedia





PTSD治療はどれも同じように効果があるが、効果が出る人はそれぞれ異なる

madinamerica.com 2025/05/14

PTSD Treatments Work Equally Well, But Who They Work For Still Varies

医学誌 Psychological Medicine に掲載された新たなメタアナリシスによると、眼球運動による脱感作・再処理法(EMDR)は心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療に有効であるものの、他の心理療法と比べて有意な優位性は認められなかった。

また、この研究は、社会的要因、特に雇用状況や性別が、個人の治療への反応に影響を与えることを明らかにしている。

EMDR は PTSD の第一選択治療法の一つに挙げられているにもかかわらず、この個々の参加者データを用いたメタアナリシスでは、症状の重症度軽減、治療反応の達成、寛解の達成、治療中断率の低下において、EMDR と他の治療法の間に有意差は認められなかった。

しかし、研究者たちは、EMDR を受けた無職の参加者は、事後テストにおける PTSD 症状の重症度がより高く、男性は治療を中断する可能性が高いことを明らかにした。

南アフリカのステレンボッシュ大学のシモンヌ・レスリー・ライト氏が主導したこのレビューは、PTSD を患う成人 346名を含む 8件のランダム化比較試験から個人レベルのデータを統合した。

著者たちは、EMDR を、トラウマ焦点化認知行動療法(CBT-TF)、リラクゼーション療法、感情解放テクニック、レム睡眠脱感作療法など、エビデンスに基づく他の心理療法と比較した。

本研究は、PTSD に対して多様な心理療法が同様の結果をもたらすことを示しており、単一のトラウマ療法が優れているという前提に疑問を投げかけている。

また、雇用状況や性別といった構造的要因が治療効果にどのような影響を与えるかを明らかにし、治療法のみに焦点を当てるのではなく、社会的文脈にも配慮する必要性を強調している。




クエンティン・タランティーノ氏が映画史上唯一の完璧な映画を『悪魔のいけにえ』(1974年)だと述べる

この「悪魔のいけにえ」ですけどね…。私が生まれて初めて「最後まで見られなかった」映画なんです。公開された 1974年は、まだ小学生だったので、当然見ていないですが、東京に出てきた二十代の頃に見たんですかね。本当に目が点になって、体が震え続けたほどでした。

その後何年か経ち、また見てみましたら、普通に見られて、今は楽しく見られますけれど、当時は本当に怖かった。本当に驚くべき映画でした。

怖いのは、決して視覚的な怖さ(グロいとか流血がどうだとか)ではなく、ストーリー的な怖さでもないのです。人間が人間に対して行うことのできる現実の可能性を知り、怖くなった次第です。





クエンティン・タランティーノが映画史上唯一の完璧な映画を述べる

Pravda 2025/05/16

Квентин Тарантино назвал единственный идеальный фильм в истории кино

映画への情熱で知られるクエンティン・タランティーノ氏は、映画『悪魔のいけにえ』(1974年)を歴史上唯一の「完璧な」映画と呼んだ。

ジミー・キンメル・ライブ(アメリカのABCテレビで放映されているトーク・ライブ番組)で、監督はトビー・フーパーのこの『悪魔のいけにえ』には、ストーリーから視覚的な美しさに至るまで欠点がないことを認めた。

「緊張感と完璧さの基準を設定し、ホラージャンル全体に影響を与えた」とタランティーノ氏は語った。

狂気のレザーフェイスを描いた、このカルトホラー映画に加えて、偉大な映画7のリストには、スピルバーグの『ジョーズ』(1975年)、ウィリアム・フリードキンの『エクソシスト』(1973年)、ウディ・アレンの『アニー・ホール』(1977年)、メル・ブルックスの『ヤング・フランケンシュタイン』(1974年)、ロバート・ゼメキスの『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985年)、そしてサム・ペキンパーの『ワイルドバンチ』(1969年)が含まれていた。

タランティーノ氏は、これらの映画は編集を必要とせず、ジャンルとしては完璧であると強調した。

『悪魔のいけにえ』はそのダークな雰囲気と斬新さで監督を魅了した。

あのチェーンソーのシーンは今でも鳥肌が立つほどで、また、映画の冒頭で「これは実際に起こった出来事」だと語られることで不気味さが増す。

(※ 訳者注)「これは実際に起こった出来事」だというのは正しくなく、正確には、「実際に起こった事件を人づてに聞き、インスパイアされた」ということだと、監督のトビー・フーパー氏が、「アメリカン・ナイトメア」という 2002年のドキュメンタリー映画で語っています。つまり、ストーリー自体は実際の事件とは関係ありません。

ちなみに、監督のトビー・フーパー氏は 、非常に落ち着いた感じの紳士で、とてもあのような映画を作った人には見えません。




「アメリカが負けている戦争は中国との戦争ではない」というプラウダの意見記事





アメリカが負けている戦争は中国との戦争ではない

Pravda 2025/05/07

The War the USA is Losing Isn’t to China

ワシントンでは、中国に対する超党派のコンセンサスは、反射的な敵意へと硬化している。中国政府は単なる競争相手ではなく、悪意に満ちた勢力、つまり世界秩序を覆そうと躍起になる権威主義的かつ拡張主義的な超大国として描かれている。

一方、アメリカ当局は資本主義の美徳を高らかに唱え、まるで「自由」を唱えれば停滞から十分に防御できるかのように振る舞っている。

しかし、米国が過去数十年間、軍事的、政治的介入を通じて世界的優位性を主張してきた一方で、中国は文字通り、そして比喩的に構築を続けてきた。

中国は 2013年以降、「一帯一路」構想に基づき、アジア、アフリカ、ヨーロッパのインフラ整備事業に 1兆ドル (145兆円)以上を投資してきた。中国国内では、世界全体の総延長を上回り、2万5000マイルを超える高速鉄道を建設した。

対照的に、アメリカでこれに最も近い高速鉄道であるアムトラックのアセラ・エクスプレスの平均時速はわずか 65マイルだ。アメリカの最近の 1兆2000億ドルのインフラ整備法案でさえ、数十年にわたる投資撤退によって失われたもののほんの一部に過ぎない。

中国はインフラを選択し、アメリカは干渉を選択した

2003年、アメリカは存在しない大量破壊兵器の解体を口実にイラクに侵攻し、推定 2兆ドルを費やして地域を不安定化し、数十万人の命を奪った。最近では、アフガニスタン戦争の失敗により、さらに 2兆3000億ドルが費やされた。

対照的に、中国は 1979年のベトナムとの国境紛争以来、直接的な軍事的関与を概ね避け、ハードパワーよりも経済的な国家運営を優先してきた。

2022年だけで、アメリカの軍事費は 8,770億ドル (約127兆円)に達し、これは次に続く 10カ国の合計額を上回っている。中国の軍事予算は世界第 2位だが、約 2,920億ドル (約 42兆ドル)にとどまっている。

アメリカは地球上で最も先進的な兵器システムを開発し続けているが、国民皆保険制度、機能的な鉄道システム、世界トップ10にランクされる教育システムといったものは備えていない

中国の教育力向上は意図的なものだ。2000年から 2020年の間に、研究開発費は 4倍に増加した。

中国の学生は数学と科学の分野で常にアメリカの学生を上回っており、現在、エンジニアとコンピューター科学者の卒業生数は世界最多だ。人工知能(AI)とバイオテクノロジーの分野では、中国はすでにアメリカをリードしているとは言えないまでも、アメリカとますます競争力を高めている。

一方、アメリカのインフラは崩壊しつつある。4万3000以上の橋梁が構造上の欠陥があるとされている。アメリカの妊産婦死亡率は先進国の中で最も高く、アメリカでは平均寿命が短くなっている一方で、中国では伸び続けている

戦争に費やされた数兆ドルのほんの一部でも国内の再生に振り向けられていたら、アメリカの都市はまるで回路のように活気に満ちていたかもしれない。

学校はイノベーションの殿堂となり、病院は破綻するのではなく、むしろ癒やしの場となっていただろう。しかし、アメリカは繰り返し、反省よりも投影、発展よりも支配を選んできた。

真の争いは中国とアメリカの間にあるのではない。それは二つの力の哲学の狭間にある。一つは建設を、もう一つは爆撃を。一つは国民に投資をし、もう一つは世界の順守を要求する。一つは忍耐という静かな力を学んだが、もう一つは依然として衝撃と畏怖を信じている。

私たちが負けている戦争は中国との戦争ではない。私たち自身の支配への依存によるものだ。そして、支配も爆撃も勝利と称することもできないものへの投資を拒否しているのだ。