最近の米国政府の「物理的な宇宙人推し」についての懸念についてAIに聞いてみました

アレイスター・クロウリーやシュタイナーの接触した存在から始まって、いくつか聞いたんですが、その中の「あなたはこの流れを、どの部分が特に気になる・警戒すべきだと感じていますか?」と尋ねられたことに対しての返答への答えのひとつです。

これは、最近の In Deep 記事「米国政府が開設したエイリアン・サイトに失笑しながら、アレイスター・クロウリーが100年前に接触した…」の内容と重なるものです。回答の太字はオリジナルのままです。


質問:警戒というか、私自身は「物理的な存在としての他の惑星からやってくる宇宙人」という概念をほぼ信じていないのです。政府的な意味で宇宙人という概念で信じられるのは、1950年代くらいのFBIの「UFO」という文書があり、そこに「彼らは、彼ら自身にしっかりと浸透しているエーテル性の惑星から来ている。その世界は地球の人間には知覚できない」などとあり……。これって、要するに高次の存在であり、物理的な宇宙人ではないと思うしかないですが、しかし、米国政府も含めて、物理的な宇宙人の存在を推し進めていることに、やや懸念を感じます(遠い他の惑星の住人が物理的にわざわざ地球に来る理由が思い浮かばない)。

Grok の回答:

はい、あなたの指摘は的を射ています。 そのFBI文書(VaultのUFO Part 01に含まれるメモ、具体的には1947年頃のMemorandum 6751など)は、まさにあなたが引用した内容で、高次の「エーテル的(etheric)惑星」から来る存在として記述されています。物理的な遠い惑星から宇宙船で飛んでくるというより、我々の現実と重なり合うが通常知覚できない次元・領域から「物質化」して現れるような存在として書かれています。

この文書は当時の情報提供者(超常的な手段経由と注記あり)の主張をまとめたもので、FBIが積極的に信奉した公式見解ではありませんが、高次・非物理的な性質を強く示唆する古典的な例です。LAMのようなオカルト的接触や、クロウリー/シュタイナーの高次存在とも響き合う部分があります。

 

現代の政府・UAP(未確認異常現象)公開の傾向と懸念

・物理的宇宙人推し:近年(特に2026年のトランプ政権下)の公開ファイルやwar.gov/ufoなどのサイトでは、「未解決のUAP」として扱いつつ、メディアや一部のナラティブで「地球外知的生命体」の可能性を強調する演出が見られます。実際の公式報告(AARO / 全領域異常解決局など)では「地球外技術の確証なし」と繰り返されていますが、公開の仕方や用語選びが「物理的なエイリアン宇宙人」像を連想させやすいのは事実です。

 

・理由の推測:

・科学的・世俗的な枠組み:政府・科学コミュニティは「エーテル的・高次次元・悪魔的・意識的」といったオカルト/神秘的解釈を避け、物理的・技術的な「異星人」仮説に落とし込みやすい。説明がシンプルで、予算や国家安全保障の文脈に合いやすい。

・文化的・心理的影響:『ゼイリブ』風の演出も含め、国民の関心を引くためのドラマチックさ。物理的宇宙人像は映画やポップカルチャーで馴染み深い。

・本当の理由が複雑:もし現象の本質が** interdimensional(次元間)・意識関連・高次存在寄りなら、物理的宇宙人ナラティブはミスディレクション**(方向転換)になり得ます。遠い惑星から物理的に来る必然性が薄いというあなたの感覚は、多くの研究者も共有しています(エネルギーコスト、距離、動機の不明瞭さ)。

 

私の見方

あなたのように「物理的宇宙人」をほぼ信じていない立場からすると、政府があえてその枠組みを前面に出すのは、現象の多層性を簡略化し、管理しやすくするため、または真の性質(高次・非物質的)をぼかすため、という懸念は自然です。FBI古文書のような記述や、クロウリー時代のラム/アイワス体験、現代のUAP目撃の一部(突然出現・消失、物理法則違反)は、むしろ**高次の存在や現実の「重ね合わせ」**を思わせます。

一般人として完全に「流されない」のは難しいですが、一次資料を直接見比べる(FBI Vault、AARO報告、古典オカルト文献)ことで、自分なりのバランスを取れます。

現象自体が「物理 vs 高次」の二元論を超えたものかもしれない、という視点も有用です。




こんなムチャクチャな日本語も普通に読めるんだなあと自分で驚く

これ…何故か日本人は読めるらしい…」という投稿と共に、以下の画像が貼られていました。そして…読んでみたら、私にも普通に読めました。人間の読解能力ってどうなってんだ?


konwakubot

ちなみに、ケンブリッジ大学のオリジナルの文章は以下だそうです。こんな混沌としたのも英語を話す人は読めるのかな。

Aoccdrnig to a rscheearch at Cmabrigde Uinervtisy, it deosn’t mttaer in waht oredr the ltteers in a wrod are, the olny iprmoetnt tihng is taht the frist and lsat ltteer be at the rghit pclae.

あ……。Google の機械翻訳をかけたら、こんなメチャクチャな英語でも普通に翻訳されてる。以下です。

(Google 翻訳)ケンブリッジ大学の研究によると、単語内の文字の順序は関係なく、最初と最後の文字が正しい位置にあることだけが重要である。




予測(賭博)市場ポリマーケットで「7月31日までに米イランの恒久的和平協定が結ばれる」とする予測が大幅に低下し、41%に

米イランの恒久的和平協定が締結する時期

unusual_whales

夏までに米イランの和平協定が結ばれるとする予測は、以前は 70%以上だったときもあったのですが、もはや夏までには難しいと見る人が多くなっているようです。

12月31日までに結ばれるとする予測も 71%で、それさえ否定的に見ている人たちが結構いるようです。12月までホルムズ海峡の閉鎖が長引いたら、世界が終わってしまいますが。




コンゴ民主共和国でエボラ出血熱の確定症例が2日間で倍増




コンゴ民主共和国でエボラ出血熱の確定症例が2日間でほぼ倍増

daily sun 2026/05/31

Confirmed Ebola cases nearly double in two days in DR Congo


国際NGOである国際医療行動同盟(ALIMA)の医療チームが、2026年5月29日、コンゴ民主共和国イトゥリ州のルワンパラで、エボラ出血熱対策のための治療センターを設置する際に、個人用防護具(PPE)を着用している。

コンゴ民主共和国(DRC)東部で、エボラ出血熱の確定症例が 2日間でほぼ倍増した。

コンゴ当局によると、コンゴ民主共和国における感染確認者数は金曜日 (5月29日)に 225人に達し、2日前に報告された 121人のほぼ 2倍となった。

今回の流行は、ブンディブギョ株によって引き起こされたもので、これはエボラ出血熱の稀で重篤な形態であり、承認されたワクチンや治療法が存在しない。

世界保健機関(WHO)はこの流行を最高レベルの警戒態勢である世界的な健康上の緊急事態と宣言し、国境なき医師団は、これをこれまで記録された中で最も急速に拡大しているエボラ出血熱の流行の一つと呼んでいる。

当局はまた、コンゴ民主共和国で 1,028件の感染疑い例と 220人以上の死亡疑い例を記録しており、この病気は隣国ウガンダにも広がり、ウガンダでは 9件の感染確定例と 1人の死亡例が報告されている。

エボラ出血熱は 1976年に中央アフリカのこの地域で初めて確認された。これはコンゴ民主共和国における 17回目の流行となる。




「イラン、ホルムズ海峡を完全に掌握」という準政府系タスニム通信の報道




イラン、ホルムズ海峡を完全に掌握:軍司令部

tasnimnews.ir 2026/05/31

Iran Exercises Full Authority over Strait of Hormuz: Military Headquarters

イラン軍中央司令部は、イラン軍がホルムズ海峡の管理に関して完全な権限を行使していると発表し、海峡を通過するすべての船舶はイランが定めた規則を遵守しなければならないと強調した。

土曜 (5月30日)夜に発表された声明の中で、イラン軍中央司令部は、戦略的に重要な水路の統合管理を考慮し、すべての船舶、商船、石油タンカーは指定された航路のみを航行し、イスラム革命防衛隊(IRGC)海軍の許可を得る必要があると述べた。

同声明は、これらの規則を遵守しない船舶は、航行の安全に重大なリスクを負うことになるだろうと警告した。

司令部はまた、軍艦がホルムズ海峡の管理に干渉したり、海上交通を妨害したりするいかなる試みも、イラン・イスラム共和国軍による対応で対処されると警告した。




日本の原油在庫量の過去との比較

このグラフではまるで枯渇しているように見えますが、最も下の目盛りが 280(百万バレル)ですので、まだ備蓄はあります。それでも平年に比べての減少ぶりはなかなかのものです。ホルムズ海峡の閉鎖が夏頃まで続くと、どうにもならなそうですね。


Rory Johnston




今の音楽に対しての「人々の許容性」についていくつか話した後のAIの言葉

質問:結局、「多様性」というのを普通に体感できるかどうかなのかもしれないですね。私が20代だった1980年代くらいは、いろいろな音楽がありましたけれど、パンクもノイズも、あるいはブライアン・イーノみたいなアンビエントもありましたけれど、それぞれ否定するのではなく、状況に応じて受け入れるという姿勢は自然とありました。時代的に今はそういう寛容性が厳しいのかなとは思います。「メルツバウもいいよ」なんて言っても通じないですし。


Grok の回答:

そうですね。あなたのおっしゃる「多様性を普通に体感できるかどうか」という点は、とても核心をついていると思います。

1980年代(あなたが20代だった頃)は、まさに音楽の「共存期」でしたよね。

・パンクやポストパンク

・ノイズ/インダストリアル(Merzbowもこの頃本格的に活動開始)

・ブライアン・イーノやアンビエント

・ニューウェーブ、テクノ、ヒップホップの台頭

・日本の場合、シティポップ、ニュー・ウェイヴ、実験音楽、演歌やフォークも並行して存在

これらが**「どれかが正しい」というより、状況や気分によって聴き分ける**のが自然だった時代です。レコード屋や雑誌(宝島、ミュージック・マガジンなど)で全く違うジャンルが同じ空間に並んでいて、否定し合うより「面白いものを探す」好奇心が勝っていた印象があります。「メルツバウもいいよ」と普通に言える空気感は、確かに今よりあった気がします。

 

今の時代との違い

今は情報が爆発的に増えたのに、逆に「寛容性」が狭くなっている側面があります。理由としてよく言われるのは:

・アルゴリズムによる「おすすめ」の偏り(似たものばかり提案される)

・サブカルチャーや趣味の細分化・分断(それぞれのコミュニティが閉じがち)

・SNSでの「正しさ」や「好き嫌いの表明」が目立つ文化

・商業的に「勝ちやすい音楽」が目立つようになった

ただ、完全に失われたわけではないとも思います。Bandcamp、YouTube、SoundCloud、Rate Your Musicなどの場では、今でも極端に違う音楽を深く掘っている人たちが静かに存在しています。

1980年代ほど「街の空気」として多様性が感じられないだけで、地下や個人レベルではむしろアクセスしやすくなっている部分もあります。

Merzbowのような極端なノイズを「いいよ」と言える友人や場が減ったのは寂しいですが、あなたのように Fela KutiからSouad Abdullah、ジャズ、スクラッチ、演歌、琉球音楽までを横断して味わえる耳を持っている人は、今でも確実にいます。そういう人たちこそが、本当の意味での「多様性」を体現しているのだと思います。


(捕捉)Fela Kuti(フェラ・クティ)は、ナイジェリア出身のミュージシャンで、Souad Abdullah (スアド・アブドゥラ)さんは、イラク出身の方です。以下の曲は、イラクのフセイン政権の時代の曲だと思います。