さあ眠ろう、夜が明けるまで
最近のこのコラムの主人公のクリスチーネですが、私が彼女のことを突然とても気に入った瞬間というのがあって、それは半年くらい前のことでした。
クリスチーネと最初に会ったのはその1年以上前なのですが、その後いろいろとあって、途中1年ほど会っていませんでした。その後、偶然再会したのが、また彼女と会うようになったキッカケなのですが、いずれにしても、その「気に入った瞬間」のことを書いておきます。
その日は、クリスチーネと再会して、お店に行き始めてから2回目の時だったと思います。
今のお店ではなく、その以前の「P」というお店に彼女がいた頃です。
その1年ほど前に何度か指名していて、当時からその美しさに見とれていた私ですが、しかし、私は女の子本人の素性というか、いろいろなことをあまりきかない人なので(そのほうがイヤがられないから)、その時でも彼女のことは何にも知らない状態でした。まあ、今でも私はクリスチーネのことをほとんど何も知りませんが。
その日はクリスマスの少し前くらいの時だったでしょうか。
昨今、クリスマスというイベント感は昔に比べると薄くなってきているようにも思いますが、それでも、街では一般の女の子たちが、ある程度の「クリスマス感」というようなものの中で暮らしている一方で、キャバクラ嬢たちにとっては「年末に頻繁におこなわれるイベントデイ」というもののほうに注目が集まる頃なのかもしれません。
その時にクリスチーネがいたお店というのは、店内の照明が極端に暗い店で、なんというか、「一歩間違うと真っ暗」くらいの店内照明でした。「いくら何でも暗すぎるんじゃないのか?」と思うこともありましたが、人との交流が苦手なクリスチーネにとっては、その暗さがむしろ幸いだったようです。
当時からミスター・ヘイグ氏は同伴で来ていたと思いますが、ヘイグ氏の来店時にだけは、店内もヘイグ氏の後光で明るかった可能性もあります。しかし、そのあたりは今ではわかりません。
さて、その日。
クリスチーネがやって来ました。
「やあ、クリスチーネ! 久しぶり! ・・・・・ん?」
彼女の様子が立っている時点ですでに明らかにおかしい。
ここからまた写真つきで再現してみました。クリスチーネは映画「クリスチーネF」からで、私は松本清張さんの写真です。
「ひさ・・・し・・・ぶり」
「ク・・・クリちゃん・・・どうかしたの?」
「何が? いつもと・・・変わら・・・ないですよ・・・わたしは」
「・・・とにかく座って・・・」
「こんば・・・ん・・・わ」
「クリスチーネ!」
「・・・最近・・・眠れ・・・なくて・・・3日くらい寝てなくて・・・」
「大丈夫?」
「大丈夫・・・わたし・・・げんき・・・いっぱい・・・だから・・・」
「・・・寝て!・・・眠って! クリスチーネ」
「うふふ」
「無理して笑わなくていい! 笑わなくていいから! お願いだから眠って下さい」
「あり・・・が・・・・・・・と・・・・・・・・う・・・ごじゃ」
「最後の発音がゴジャになってるぞ、クリちゃん」
「 zzz… 」
「・・・・・」
ヘロインに溺れ果てたクリスチーネは(違うわ)、不眠で疲れ果てたクリスチーネは、座ったまま眠りました。
さて、しかし、問題はここからなのです。
それは、どんなお店であろうと、基本的に「接客中に女の子が眠っていい」店などあるわけがないからです。
幸い、店の照明は暗いとはいえ、「眠っているように見える姿勢」を店側に悟られてしまっては、まずダメでしょう。怒られるだけならともかく、罰金等の規定のある店もあります。
もちろん、お客さんの方にもたれかかって眠るなど論外のはずです。
これは、私たちにとってみれば、好きな女の子に肩などにもたれかかられて眠られるのは全然構わないわけで、むしろ嬉しいわけですが、店側は気軽にOKは出せません。
それは店全体の規律と雰囲気の問題となるからです。
ここから、私の「クリスチーネの睡眠を援助しつつも、それを周囲に悟られないようにする試行」が始まりました。
クリスチーネは情緒やコミュニケーションに問題があるとはいえ、姿勢に関しては大変によい女性で、それはふだん「ただ立っているだけ」の姿を見るとわかるのですが、背中が丸くなることがありません。それは座っている時も、そして、今回のように座ったまま眠っている時にもその姿勢は崩しません。
このあたりにも、クリスチーネに対して私が妙な「完全性」を感じる部分なのですが、いずれにしても、その時も目を閉じながらも、背筋はしゃんとしていました。
とはいえ、首はそうはいかない。
電車の中で居眠りしている人たちを見ていてもわかると思いますが、座って眠っている時に、首がまっすぐな時は眠っていられるのですが、首が横に倒れそうになると、少し「ハッ」と目覚め、そして首を位置を戻してまた眠る。学校時代の居眠りなどもそんな感じではないでしょうか。
クリスチーネも目を閉じたまま、たまに首が崩れそうになります。
そこで、私は、クリスチーネにふれない程度に頬の横に手を置きました。クリスチーネの首が傾いてもそこで止まるようにです。クリスチーネは眠りながら私のその手の存在に気づき、そこを枕にして、それでも座る姿勢は崩さずに眠り始めました。
その手に気付いた時、クリスチーネは少しだけ目を開けて「どうもありがと」と言って、そのまま寝息を立て始めました。
店内はボーイさんが周回しますが、この暗い店内ではそれほど何が起きているかはわからないでしょう。
しばらくそのまま彼女の寝顔を見ていましたが、しかしまあ、その時は(今でもですが)、彼女がどんな生活をしているのかを知らないし、「まだ二十代のはじめだっつーのに、なんでこんなに疲れ果てなければならないのかねえ・・・」と思ったものです。
ところで、これがどうして冒頭に書いた、「気に入った瞬間」だったのか。
不眠の女性は何度かプライベートでの付き合いがあり、その本人たちの苦しみというのは相当なものですが、その人たちが「眠れる状況」というのはあって、一般的な話としては、少なくとも、緊張した状況や、安心できない状況で眠くなるということはないものでした。
なので、クリスチーネが私の顔を見た途端に眠くなったのは、もちろん甘えていたり、私がナメられているという部分が大きいとはいえ、彼女が私といる時に、それほど緊張していたわけではないのだろうなあと思ったからです。
しばらくして、店の店長さんらしき人が時間を告げにやってきました。
私たちの様子を見て、一瞬にして事情がわかったようでしたが、この店長さんらしき人はとてもいい人で、後でクリスチーネにきくと、実際に女性の従業員たちから慕われている人のようで、この人が上にいて、かなり細やかな気遣いをしてくれるからこそ、クリスチーネのようなコミュニケーションに問題があるようなタイプの女性たちも働くことができていたような感じがあるようです。
店長さんらしき人は、私の表情をよく見た後に、申し訳なさそうに、「あの・・・お時間なんですが、ご延長のほうはいかがいたしましょうか」と言いました。私はポケットに手を入れ、お金を数えて、あと1時間くらいは大丈夫そうなので、「大丈夫です」と言いました。
店長さんらしき人は、きちんとした姿勢で静かに目を閉じているクリスチーネを注意することもなく、私にお辞儀をして去っていきました。
ちなみに、クリスチーネの寝顔は異常に美しくて、常軌を逸しているほどの風情があるのですが、その寝顔を見ていると、
「うーん、一緒に寝てみたい」
と思うのに十分でした。
しかし、ここで私も眠ってしまっては、すべてが台無しになってしまうわけで、今度は私が必死で眠気と戦ったのでありました。
その後、しばらくして、クリスチーネは目覚めました。
「あ・・・わたし・・ごめんなさい、ごめんなさい」
クリスチーネはずっと謝っていましたが、私の彼女に対しての印象は以前よりとても強くなりました。
2011.06.15
