NOFIA'S COLUMN
7年前のメモ
連休中にずいぶんと昔に私が使っていたパソコンが出てきました。ちょうどNOFIAを書き始める前くらいに使っていたパソコンです。Windows98の入ったそのパソコンは電源を入れると一応は起動しました。
中からメモみたいなテキスト書類がいくつか出てきて、その中からNOFIAの原稿(?)みたいなものも出てきました。どれも7年も前のものです。
その中にちょっと「おお、こんな子もいたなあ」と思ったものがあったので掲載しておきます。
この子はよく覚えています。
Sという店の女の子で、コラムだとここに出ている店です。
ここからです。
2000.4.17
日中、電話がかかってきた。沖縄からだった。一回り以上も年下の22歳の女の子で、吉祥寺のキャバクラ嬢だった女の子だ。最後に会ってからはもうずいぶんと経つ。
「久しぶり。どうしたの?」。
「あたし、沖縄に住むことにしたの」
と電話の向こうで言い出した。その子の経歴や生い立ちは本当に複雑で、やってきたことをここに書くわけにはとてもいかないが、最近は水商売でコツコツとお金を稼いでいたようだった。
「どうして沖縄に住むの?」
「沖縄に住むのがずーっと夢だったから」
「でも、沖縄行って何すんの?」
「リゾートホテルの従業員」
「そんなのいきなりなれるの?」
「あたしね、実は前に沖縄に来た時にホテルで研修受けたの」
「そうなんだ。で、沖縄には一人で行くの?」
「そう」
「知り合いいないでしょ」
「ホテルで働くんだもん。知り合いなんてすぐできるよ」
「もう、東京には戻らないんだ?」
「ううん。採用はまだ先だから、また東京に戻って働くよ。今は最終面接で来てるの」
「そうなんだ……。いつから本格的に?」
「5月の中頃かな」
「そうか……淋しくなるね。ずっと沖縄で暮らすつもりなの?」
「うん」
「もう、東京には戻らないの?」
「うん」
私も東京がイヤになることもないではなかったけれど、20歳で東京に出てきて、十数年過ぎた今も結局ここにいる。何となく死ぬまでいそうな雰囲気もある。一度暮らした東京を出るというのは実は相当勇気のいることでもあり、まして、彼女は三鷹で生まれた生粋の東京っ子。
夢の実現を目指す力の方が強いのか、「今の環境から逃げ出したい」力の方が強いのか、どちらなのか私には分からないけれど、何となく両方なんだろうなあ、
と思った。でも、考えてみれば、昔から少なくとも私の周囲の人間は男より女性の方がずっと行動的だった。大学時代の友達で今、海外に住んでいる男は一人し
かいないが、女の子は何人もいる。特に私が学生時代に付き合っていた女性などは妻子持ちのフランス人の子供を産んで、今は一人、パリで子供を育てて生きて
いるし、オランダにも学生時代の女友達が母子家庭(というのか?)を営んでいる。男の方がずっと保守的なのかもしれないなあ、と改めて思う。
多分、私は東京、少なくとも日本を完全に抜け出すことはないのだろうなとも思う。住みたい地方や国がないわけではないのだけれど、行動するしないは人それぞれなのだし、仕方ないこと。沖縄で幸せになってください、○○ちゃん。
ここまで。
実はその後、東京に戻ってきたところまでは知っていますが、今は何をしているのか。
裏NOFIA
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